―『電王』は世界的な人工知能の研究者である相場俊之が、幼い日に奨励会で競い合った七冠棋士・取海創と「電王戦」で対局するまでを描く物語です。
将棋ソフトと人間の棋士が戦う電王戦をテーマに選んだのはどうしてですか。
電王戦で、プロの棋士が負けることは珍しくなくなっています。そんな人工知能の進歩には驚かされるばかりですが、本作を書くもともとのきっかけは、奨励会への興味だったんです。
昨年映画が公開された大崎善生さんの『聖の青春』など、将棋の世界を舞台にした名作はたくさんあります。読みながら関心を惹かれたのは、棋士たちの天才性はどこから生まれているのか、そして、才能ある人々が切磋琢磨する環境がどんなところなのかということです。「天才の世界」を、自分でも小説にしたいと考えました。
―相場少年と取海少年は小学校の同じクラスで出会い、将棋を通じて仲を深めていく。めきめきと棋力を上げていく二人はやがて奨励会に入りますが、中学校進学のタイミングで相場は将棋を諦め、取海は12歳の若さでプロ棋士になります。
奇しくも先日、藤井聡太四段が14歳で史上最年少での勝利を上げました。対局相手が最高齢棋士の加藤一二三九段だったことから分かる通り、将棋は実力が全ての世界。
実際、若者のほうが「ひらめき」は優れていると感じます。それは将棋だけでなく、数学などの理系の学問分野でも同じ。その才能を引き出してあげるのが教育なのだと思うのですが、横並びを好む日本の教育では若い才能が出てきづらいのではとも感じています。
―才能とはどのように花開くのか。それも本作のテーマだと感じました。
取海のデビューを12歳にしたのは、中学進学などで誰もが進路選択をする年齢だからです。
取海には貧しい家庭で育ったゆえのハングリー精神がある。勉強も出来るのですが、名人になってカネと名誉を手にするため、将棋のことだけを考えた生活を選ぶ。それが彼の才能を引き出していきます。
対して、相場は育ちがいいためか、闘争心に欠ける。もし棋士の道を選んでいたとしても、成功したとは思えません。しかし、将棋とは別に数学の魅力に出会い、才能に目覚めていきます。
―取海と袂を分かった相場は名門の中高一貫校から一流大学に進み、その後研究者として世界に知られるようになります。しかしそもそも、相場の父の俊一郎は部品メーカー・東洋エレクトリック工業の社長。会社を継ぐ可能性もありました。
天才が歩んだ道は細い一本道に見えるけれど、実際はいくつもの可能性を捨てて、今に辿り着いている。人生は選択の積み重ねなんですね。でもそれは、天才に限らず誰にでも言えることではないでしょうか。
私自身も、研究者になろうとアメリカの大学に進んだけれど、そこで現実を知りました。他人の倍の努力をして、なんとかしようとしてきたけれど、届かない領域が学者の世界にはありました。
しかし、そんな時にたまたま物書きという仕事に出会い、作家として生活することになった。才能があるかはわかりませんが、それが私の道だったのだと思っています。