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関東とはスケールが違う!「関西の大金持ち」はこんなにおもろいで

歴史的風土が生んだエネルギー

「儲かりまっか?」「ぼちぼちでんなぁ」。関西では挨拶代わりのやりとりだ。
「なんぼ儲けてますの?」。資産家に率直に聞くと、スケールが大きくて、おもろい話が次々と飛び出した!

先祖が織田信長と戦をした

かつての大和国、奈良県には神代の昔から今も連綿と続く名家がある。それが橿原市今井町にある今西家だ。当主の今西啓仁氏(57歳)が語る。

「神武天皇が大和東征を行ったときにこの地を統治していたのが磯城彦(シキヒコ)でした。神武天皇は降伏を促しますが、兄磯城(エシキ)は立ち向かい、逆に弟磯城(オトシキ)は降伏することを提案します。

結局、兄磯城は神武天皇に滅ぼされましたが、弟磯城は服従したため、その家系が残った。それが現在の今西家につながっているのです。弟磯城から数えれば、100代以上になります。出雲大社の千家(国麿)さんが85代なので、それよりも古い(笑)」

今西家はその後、「十市県主」を名乗り、今井町の自治を担ってきた。戦国時代には、かの織田信長とその配下、明智光秀と対立し、一歩も引かず、織田信長が「敵ながらあっぱれ」と戦いぶりを認めたことで、町の自治権を守ったという。

「その結果、江戸時代はほんまもんの自治都市として栄えました。『海の堺、陸の今井』と並び称されるほどに。明治時代になると、自治権こそなくなりましたが、私の5代前の今西逸郎に市中取締役をしてほしいということで、今西家は引き続き、行政に携わりました。

そのときのことです。この今井町に鉄道の駅を置きたいと明治政府が言ってきたそうです。神武天皇陵や橿原神宮にも近いので、天皇も乗られる列車の駅として。今の畝傍(うねび)駅ですね。

しかし、うちの今西逸郎は今井町に作ることに反対したんです。江戸時代から続く、環濠のある町並みがめちゃくちゃになると思ったんでしょうね。それによって今井町の近代化が遅れたと当時の町の人からは非難囂々でしたが、今となっては感謝されていますよ。『あの時、反対してくれたから、今井町の町並みは残った』と」

今西家は明治期以降も行政に携わってきて、今井町に1000坪もの邸宅を所有してはいたが、けっして裕福というわけではなかった。だからこそ、江戸時代から続く邸宅を改築することなく、当時のまま大事に使い続けたのだ。そのことによって、'57年に「今西家住宅」は、国の重要文化財に指定される。

そして、なんと今西家が守ってきた今井町の町並みが、ユネスコの「世界遺産」に登録されるチャンスが訪れた。'95年頃のことだった。

 

「実は世界遺産について日本人の多くがあまり興味を持っていなかったとき、ユネスコが橿原市に対して今井町を世界遺産に登録したいと言ってきたんです。

父親にその話が来たんですが、今井町の人が誰も世界遺産についてわからなかったので、『今井は反対だ』と言って断ってしまった(笑)。その代わりに登録されたのが、岐阜の白川郷だったとのことです。

世界遺産に登録されていたら、今頃、エライことになっていたと思います。今でしたら、世界遺産にしてほしいと言っている人もいますけどね」

啓仁氏は現在、今西家住宅と今井町の町並みを守るため、公益財団法人「十市県主今西家保存会」の理事長として活動する。現在の今西家の財を築いたのは、啓仁氏の父親の代だったという。

「父は不動産業をしていて、'70年に大阪万博があって、それで財を築いたと聞いております。父は吉野の山にも山林を購入し、私も林業をしております。なかなか経営的には難しいですがね。

正直に言いまして、(今西家住宅を活用して)自分だけ儲けようとしたら、様々なオファーがあるのは事実です。ITの若い経営者とか、ブライダル関係など、古くからの町並みが残る今井町に目をつけた話は色々あります。

ただ、たんに観光客が増えてもありきたりの町になってしまいます。それだと、これまで今井町を守ってきた先人に顔向けできませんからね。私一人の考えでどうこうしたらいけないと考えています。時代を越えて、今西家は自らを盾にして護るべきもののために死に物狂いで戦ってきました。今井町の歴史はまだまだ続くのですから」

たしかに現在の日本の首都は東京だが、そこは江戸期以降に発展した「歴史の浅い」都市にすぎない。歴史的に見れば、関西には古くから都があり、長い間、日本の中心として栄えた。

そのため、全国的には有名ではないかもしれないが、長い血筋に裏打ちされたとてつもない名家がいくつも存在する。

ド派手な女社長、登場! 

関西は長く商都でもあった。今西家が民間人ながら自治を担ったことからもわかるように、市井の人間のパワーはケタ外れ。時にとんでもなくキャラクターの濃い派手好きな金持ちが登場する。

苦労人が故に36歳の若さで巨万の富を手にしたのが、ジュネル社長の伊與田美貴氏だ。昨年、念願のロールス・ロイス・ファントムを5000万円で購入した。

「もう1台、チェリーピンクのロールス・ロイスは日本に1台しかない希少価値の高い車で、これを逃してはダメだと思って買いました」