Photo by GettyImages
国家・民族 週刊現代 日本

2019年元日、「徳仁天皇」「雅子皇后」誕生で日本が変わる!

いったいどんなことがおこるのか

祝福一色の改元のなか、「次の時代」は華々しく幕を開ける。「平成流」を踏まえつつも、新たな役割を模索する新天皇と皇后のもと、国民の気分も一新。新たな日本では、いったいどんなことがおこるのか――。

国民の「気分」が変わる

「新聞各紙の『首相動静』にも出ていませんが、1月6日、官邸の一室に安倍晋三総理、菅義偉官房長官、杉田和博官房副長官が集まり、天皇の生前退位について、極秘で協議をしました。

その場で、平成30年('18年)末に譲位を行うのが妥当ではないかという話が出た。3人はこの日程にうなずきあったようです」(自民党ベテラン議員)

1月10日、産経新聞朝刊の1面に「新元号 平成31年元日から」の文字が躍った。官邸での協議の情報を入手した同紙が、'19年の元日に皇太子が新天皇として即位、同時に元号も改まるという見通しを報じたのだ。

全国紙の論説委員が解説する。

「昨年8月の天皇陛下の『おことば』のなかに〈2年後には、平成30年を迎えます〉という表現が出てきます。陛下が平成30年のはじまりと終わり、いずれかでの退位を意識していたことは明らかです。

政府は陛下の思いを無視するわけにはいきません。当初は、'18年秋に譲位のための重要な儀式である『大嘗祭』が行われると言われていましたが、安倍総理としては政治への影響を避けるためギリギリまで日程を後ろ倒しにしたかった。

政権の都合と、陛下の顔を立てるためのバランスを取った結果、この日程が浮上したのでしょう」

政府案どおりにことが進めば、'19年元日には、「徳仁天皇」と「雅子皇后」が誕生する。近代の天皇制開始以来、初めての生前退位、そして新たに即位する天皇――。

皇室ジャーナリストの久能靖氏が言う。

「天皇陛下はほかでもない日本国の象徴です。新天皇が即位し、元号が改まれば、国民の気持ちも新しくなるのは当然の理。新天皇の性格、振る舞い、それを国民がどう受け止めるかで、国の雰囲気はがらりと変わります」

現在の天皇、皇后は、被災地を訪れて国民を励まし、第二次世界大戦の戦災地に赴いて戦死者を悼むという公務を自身に課し、国民もそれを受け止めてきた。

今年2月で57歳となる皇太子は、自分なりの天皇像をつくる「覚悟」を固めている。それは、「おことば」が発表された直後の皇太子の様子からも明らかだ。宮内庁担当ベテラン記者が明かす。

「皇太子殿下は、天皇陛下の『おことば』のテレビ放送を、名古屋市で行われた国際会議の帰り、名古屋駅にある貴賓室でご覧になりました。時折息をつきながら淡々と映像を眺めていたようですが、内心これから自身が負う責任に、思いを巡らせていたことでしょう」

浩宮の両親への思い

実際、その直後には皇太子の最も近くにいる小田野展丈東宮大夫が、「皇太子様が(おことばを)大変重く受け止めておられるようだ」と感慨深げに語っていたという。

幼少期から将来天皇になる存在として育てられてきた皇太子。学習院の高等科時代の主管・小坂部元秀氏の回想によれば、休み時間もひとり教室で静かに椅子に腰かけている「静」の人である。

当面のところ、その念頭にあるのは、天皇、皇后の思いを受け継ぐことだろう。時事通信社のロンドン特派員時代、イギリス留学をしていた皇太子と親交があり、その後も皇室と関係を持つ八牧浩行氏(ニュースサイト・レコードチャイナ代表)はこう言う。

「当時20代の皇太子様とよく一緒に登山をしましたが、エディンバラ近郊の山に登った際に、『ここは那須の御用邸に似ていますね』と言いながら、美智子様から届いた手紙について話してくれたことがあります。その口ぶりからは、ご両親を非常に尊敬している様子が伝わってきました。

天皇陛下は、パラオや中国など昭和天皇が訪れなかった国を積極的に訪問し、平和・友好への思いを表明されてきました。両陛下を尊敬する皇太子殿下も、こうした活動を引き続き展開していくでしょう。排外主義的なナショナリズムが台頭するなか、地道に行動を続ける姿は存在感を示すと思います」