「現状維持」はリスクだ! 日本屈指の同時通訳者が「挑戦」をやめない理由

ERIKO SEKIYA

関谷 英里子

2017.02.06 Mon

同時通訳者として確固たる地位を確立した関谷英里子氏。NHKラジオ講座の講師にも就任し、ビジネス英語に関する書籍の執筆といった仕事も軌道に乗っているまさにそのとき、彼女はスタンフォード大学のビジネススクールへの留学を決めた。

なぜ、リスクを取ってまで留学を決断したのか? そこには、キャリアだけでなく人生全体をどう捉え、どう切り拓いていくか、彼女ならではのユニークでポジティブな考えがあった。

インタビュー後編は、プロフェッショナルになりながらも「挑戦」の姿勢を失わない、関谷氏の生き方と考え方を辿る。

(前編「私が世界の超大物たちの同時通訳を務めるまで」はこちら

(構成・田中裕子/写真・三浦咲恵)

 

「人生100年時代」だからこそ。スタンフォード大学への挑戦

通訳はもちろん講師や著者としての仕事も軌道に乗っていた2014年、私は次なる挑戦のため、スタンフォード大学のビジネススクールへの留学を決めました。

周りの友人に言うと「考えすぎだ」と笑われるのですが、私、自分は100歳まで長生きすると思っていて(笑)。実際、最近は「人生100年時代」と耳にすることも多いですし、そんなにおかしな話ではないですよね。

それで、2010年を過ぎたころでしょうか。充実した日々を過ごすなか、ふとその100年という基準をもとにこれからの人生を俯瞰して見つめてみたんです。そのとき改めて、「あと何十年もあるのか!」と衝撃を受けてしまって。その間なにをして生きていこう、これからずっと日本の東京という街で過ごすのだろうかと真剣に考えるようになりました。

人生は、「集中する時期」「広げる時期」があると私は考えています。前者は、ひとつのことにフォーカスすることでプロフェッショナルになる時期。後者は、自分の可能性を広げるため、痛みを伴いながらでもストレッチする時期です。

私の場合、とくに「集中する時期」はアウトプットの時期でもありました。通訳の仕事に取り組みつつ、英語教育の本を書いたり、NHKのラジオ講座でビジネス英語を教えたり……。でも、このままアウトプットだけを続けていたらいずれ自分が枯渇してしまうという危機感もあったんですね。

私の武器は、商社や外資系メーカーといったビジネスの現場で身につけてきた、経験や知識。そこを一度体系立ててインプットすることでより自分のキャパシティを広げられるのではないかと、ビジネススクールへの進学を視野に入れるようになりました。

「自分たちは、世界を変えることができる」

数あるビジネススクールの中でもスタンフォードを目指したのは、ひとえにシリコンバレーにあったから。マーク・ザッカーバーグ氏やシェリル・サンドバーグ氏、イーロン・マスク氏……通訳の仕事を通じて出会った「世の中を変える」という熱い思いを抱く人たちをたちを育みつづける土地は、いったいどんな場所なんだろう?

——そんな憧れの気持ちが膨らんでいった2012年、仕事の合間を縫ってはじめてシリコンバレーに足を運んでみました。

はじめてのシリコンバレーは、想像以上の場所で……。空がとんでもなく青くて、風は気持ちよくて、人は明るくて。そうか、こういうところであの人たちは世界を変えようとしているのか、と妙に納得できたんです。そして、「私もここで『自分を広げる時期』を過ごしたい」と自然に思えました。

ただ、仕事も順調で、積み上げてきた実績や信頼もある。いまそれを手放していいのか、という葛藤もありました。でも、だからといって現状維持を続けるのもリスクだし、なにせ「人生100年」。自身の成長に投資しようと渡米を決意しました。そこからおよそ1年で試験を受け、準備を済ませ、2014年にスタンフォード大学経営大学院のMSx Programへ入学したのです。

日本人になじみ深い2年制のMBAと違い、MSxは1年制。時間は驚くほどあっという間に過ぎてしまいました。留学を経たいま感じるのは、私の視野を広げてくれたのは「学問」だけではないということです。最もインパクトがあったのは、スタンフォードで私が関わったさまざまな人々のマインドセットでした。

スタンフォード経営大学院の校訓はChange lives. Change organizations. Change the world.。日本にいるときは「かっこいいけれど、そんなこと本気で言ったら笑われないかな」とやや斜に構えていたのですが(笑)、実際に行ってみると、学生も教授も「自分たちは良い方向に世の中を変えることができる」と本気で思っているんです。

スタンフォードではこのマインドセットが共有され、それが彼らを挑戦に駆り立てているのです。その空気は触れていて心地よかったし、私自身、マインドセットが変わったと感じています。今後どこにいても、どんな状況でも、この前向きで楽観的なマインドは私の支えになってくれるでしょう。

「点」と「点」をつなげるのは、これから

卒業後もシリコンバレーに残っていろいろと挑戦してはいるものの、まだまだ成果といえる手応えを感じるに至っていません。挑戦しては失敗し、そこから勉強してまた挑戦、の繰り返し。

ただ、ひとつ言えるのは、自分は「コミュニケーション」とか「伝える」といった切り口で活動を続けていきたい、ということです。やっぱりそれが、私のいちばん得意でやりたいことだから。

なかなかうまくいかなかったのですが、機械学習と人工知能を使った翻訳技術の開発なども考えていました。今後もどんな形であれ、日本と世界をコミュニケーションでつなげる役割は果たしたいと思っています。

日本でもおなじみですが、スティーブ・ジョブズが遺した「点と点をつなげられるのは振り返ったときである」という考え方があります。彼の場合、カリグラフィという思わぬ「点」が、後にマッキントッシュの美しいフォントを生み出しました。

人生で、前を向いて歩いているときには点と点とをつなげることはできない。振り返ったときに初めてつなげることができ、それが「線」となるのだ、という考え方ですね。

だから、前を向いているときは、いつかどこかで点はつながっていくし、つながったとわかるときが来る、とただひたすら信じて、突き進まないといけないのです。

先日InstagramのCOOマーニー・レヴィーン氏の通訳をしたのですが、そのとき彼女もこの「線」は挑戦の途上では気づくことができない、と言っていました。なにかを成し、振り返ってみたときにようやくその存在に気づけるときがくるのだ、と。

いまの私はまさに、「線」が見えていない途上の状態。スタンフォードという点と「言葉」という点を、ほかのどのような点とつなぐのか。どのような線を描き、どのような変化を自分にもたらすのか。もう少しあとになってからでも、意味づけることができるといいなと思います。いつかその「線」に気づくためにも、いまは挑戦し続けるしかありません。

そして、そんな私の姿を見て、周りの人に「自分もやりたいことに挑戦してみよう」と思ってもらえたら嬉しいですね。私が英語の仕事をすることによって「英語を使って世界に飛びだそう」「まずはオンライン英会話をやってみよう」と思ってくれる人が増えていったときのように。「人の人生をよりよくするきっかけになりたい」は、私の根幹にある変わらない思いです。

英語学習に挑戦したい方へ——2つのアドバイス

さて、最後に、英語学習に挑戦したい、英語を話せるようになりたい、という方にアドバイスを送りたいと思います。といってもやってほしいことはシンプルで、「英語を喋ってみること」です。

英語は「話さないから話せない」と言っても過言ではありません。日本人は英語学習に関して「独学で」という枕詞を使いがちですが、英語はあくまで人とコミュニケーションを取るための道具です。どんな道具も、取扱説明書を読むだけでは使いこなせませんよね。対面でもオンライン英会話でも、実際に人と話してみて「道具の使いこなし方」を学んでいくのがベスト。アウトプットありきでインプットしていきましょう。

もうひとつ口を酸っぱくして言いたいのは、「他人の英語を批評しないこと」。私は普段「ダメ」といった禁止の言葉をあまり使わないようにしているのですが、これは絶対に「ダメ」です。

海外で活躍するスポーツ選手や俳優などがテレビで英語を話していると、「あの人の発音はいかにも日本人らしい」「文法がなっていない」と批評を耳にすることがありますよね。

けれど、「英語を話す=批評される」と紐付けされると自分が話すときにも不必要に緊張してしまうし、完璧な発音や文法を身につけなければ話す資格がないとすら思ってしまいます。実践でこそ英語は磨かれるものなのに、自ら「呪い」にかかってしまうのです。

「自分の英語はほかの人にどう映るか」なんて、気にする必要はありません。たった一言でも、「伝わった」という実感が次へのエンジンになるのですから。私は、日本全体に広がる英語へのマインドの壁を打破したい。だから唯一の「ダメ」として、ほかの人の英語を批評することを挙げ続けています。

これは英語学習に限った話ではありません。こうしたメンタルブロックを外し、継続して挑戦することが、自分をより豊かな人生に導いてくれるのではないでしょうか。

<了>
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関谷 英里子(せきや えりこ)

日本通訳サービス代表。アル・ゴア元米副大統領、フェイスブックCEOマーク・ザッカ―バーグ氏、ダライ・ラマ14世、マインドマップの提唱者トニー・ブザン氏など世界的著名人の通訳を務めてきた、カリスマ同時通訳者。NHKラジオ講座「入門ビジネス英語」の人気講師でもあり、英語セミナーは常に満席。著書に『カリスマ同時通訳者が教えるビジネスパーソンの英単語帳』『えいごのつぼ』など、多数。 http://jtservices.jp/