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欧州各国が歓迎!習近平が「打倒トランプの旅」へと旅立った
最大規模の代表団とともに世界を廻る

1月15日から18日までスイスを訪問中の習近平主席が、17日に世界経済フォーラム(WEF)年次総会の開会式の壇上に立つ。通称「ダボス会議」と呼ばれるこの会議は、世界中の政財官学の指導者たち約3000人がスイスの寒村ダボスに集って、その年の世界の政治・経済などについて討論する世界最高峰のフォーラムだ。

中国の国家主席が「ダボス会議」に出席するのは初めてのことで、しかもオープニング・スピーチを行うとあって、欧米メディアも盛んに報じている。

中国と「夏のダボス」

実はダボス会議と中国には、浅からぬ縁がある。21世紀に入って、ダボス会議で話し合われる話題の中心が、中国経済の台頭になってきた。そこで、毎年1月にスイスで中国経済の台頭について話すだけでは不十分だということで、2007年から毎年9月に中国で「夏のダボス」を開催するようになったのだ。

この「夏のダボス」に、私は2007年から2013年まで7年連続で参加し、『ダボス・イン・チャイナ』という本も書いた。そのため、WEFと中国が関わる様々な場面を見てきた。

WEFは2006年、スイス以外では初めて、北京にオフィスを開設した。WEFは、北京や上海以外の「中国のダボス」のような場所での開催を希望した。

当時、「ダボス会議」誘致に積極的だった中国の政治家が3人いた。温家宝首相、薄熙来商務部長(経済相)、そして李克強遼寧省党委書記である。そこで2007年9月の第1回「夏のダボス」を、薄熙来部長の地元で、かつ遼寧省の都市でもある大連で行うことにし、第2回を温家宝首相の故郷である天津で行うことにした。そして3回目以降は、大連と天津で交互に開催することにしたのだった。

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中国の恐るべきところは、このダボス会議を誘致するために、国家を挙げて取り組んだところだ。例えば、大連の郊外に「星海広場」を開拓し、巨大な国際会議センターを建設してしまった。しかも開幕の1ヵ月前から、瀋陽軍区(現北部戦区)の人民解放軍を総動員して、700万都市の表通りや周囲のビルや家屋などを、ピカピカに磨いてしまったのである。

2007年9月、私が大連の周水子国際空港に降り立ったら、空港の通路一面に生花が飾られ、ウェディングドレスのような衣装を着た「ダボス・コンパニオン」たちに、「ダボス専用ゲート」に案内された。そして税関を出ると、アウディの「ダボス専用車」が待ち構えていて、そのまま一直線にホテルへ案内された。ホテルでも入口に花輪が飾られ、熱烈歓迎である。

大連市街には至る所に、「Welcome Davos!」などと英語で書かれた横断幕が掲げられていた。そしてダボスの参加証を首から掛けていると、通りですれ違う市民からレストラン、銀行のスタッフまで、誰もが慇懃な笑顔を見せたのだった。

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