ダライ・ラマ、ザッカーバーグ…私が世界の超大物たちの同時通訳を務めるまで

ERIKO SEKIYA

関谷 英里子

2017.01.30 Mon

同時通訳者として、多くの名だたる著名人と仕事をしてきた関谷英里子氏。

元アメリカ合衆国副大統領アル・ゴア氏をはじめ、ダライ・ラマ14世やフェイスブックCEOマーク・ザッカーバーグ氏、同COOシェリル・サンドバーグ氏、「近代マーケティングの父」フィリップ・コトラー氏——。

世界を切り拓かんとする人々のメッセージを、より的確に、より臨場感を持って伝えようと常に工夫と努力を重ねてきた。日本の著名人からも「関谷さんの通訳はプレゼンの勉強になる」と、その評価は高い。

しかし、そんな彼女が英語圏で過ごした時間は、意外にも長くはない。6歳から3年弱、高校で1年間、イギリスで。それ以外は、普通の日本人と同じように日本のコミュニティで暮らしていた。英語学習に取り組んだ経験がある人からは、「たったそれだけ!?」と驚かれることも多いという。

では、なぜ彼女は同時通訳者として世界を牽引する著名人から指名され、日本と世界の架け橋となるまでに至ったのか? その答えは、常に「挑戦」と「学び」にプライオリティを置く彼女の人生に隠されていた。前半は、彼女のルーツと同時通訳の醍醐味を紐解く。

(構成・田中裕子/写真・三浦咲恵)

 

「怠けていたら、ダメになる」と気づいた中学校時代

6歳のときにはじめてイギリスに移り住んだときは、幼いながらに日々カルチャーショックを受けていました。

日本人学校ではなく現地校だったので言葉は通じないし、街行く人の肌も見たことのない色ばかり。80年代前半はイギリス人にとってもアジア人は物珍しかったのか、海苔を巻いたオニギリを食べていると「黒い塊を食べて気持ち悪い」と言われたりもしました(笑)。

とはいえ、子どもは遊びながら環境に順応するもの。3ヵ月ほどで友達の言っていることが徐々に理解できるようになったと記憶しています。

日本に戻り、中学校に入ると英語の授業が始まるわけですが、3年弱の渡英経験が身体にまだ残っていたため英語は得意科目でした。

ところが、「得意だから」とたいして勉強していないと、しっぺ返しがくるんですね(笑)。あるときテストで英単語を間違えてしまったのですが、それは事前に勉強していれば100%答えられた問題。怠けていては、能力は衰えてしまう。努力しないとすぐにダメになってしまうんだと、単語ひとつの間違いに強烈なショックを受けました。

英語を通じてほかの文化に触れるのは本当に楽しい。英語のほかに得意なこともない。それなのに、このままではその英語力すらもダメになってしまう。もっと英語力を伸ばしたい、そのために環境を変えたい——そう思うようになり、高校進学と同時に1年間イギリスへ留学させてもらったのです。

いざ渡英すると、9歳で日本に戻ってからはそれこそ中学校の授業でしか英語に触れていなかったため、クラスメイトや寮のルームメイトとの意思疎通もままなりませんでした。「コミュニケーションを取りたい!」。その一心で、あらゆる手段を試みましたよ。

友達が使ったフレーズをその場で反復したり、次の機会に自分も使ってみたり。自分から話しかけるときは、会話がこの方向に進んだらこう伝える、反対の返答ならこうリアクションする、とシミュレーションを欠かしませんでした。

当時は無意識だったのですが、じつは、後にビジネス英語を身につけるときも同じ方法をとることになります。

現場での失敗を学びに変えた日々

日本に戻り大学を卒業すると、「世の中の仕組みを知りたい」「ブランドビジネスに携わりたい」という思いで商社に入社。希望が叶い、海外ブランドと直接やりとりを行う部署に配属されました。

ところが、私がそれまでに身につけた英語は、あくまで「学生レベル」。当然ながらビジネス英語の知識はゼロだったため、まさにたたき上げで身につけることになりました。

ミーティングや商談といった現場から、「この言い回しは定型文なんだな」「エグゼクティブの話し方はこういう特徴があるな」とひとつずつメモし、実際に使ってみることでインプットしていったのです。

もちろん、現場ではたくさんのミスを犯しましたし、恥もたくさんかきました(笑)。たとえば「私たちのプランについてお話しします」と言いたいとき、つい「talk」を使ってしまいあまり耳を傾けてもらえなかったり……。こういうときに使うべき単語は、「talk」ではなく「share」。「Let me share with you〜」と言うんですね。たった一語の違いでも、受け手の印象はまったく違うと感じました。

また、会議の進行をしていた私が「次の問題に移りましょう(Let’s talk about the next problem)」と言った途端、相手方があからさまにムッとした顔をして冷や汗をかいたこともあります。

というのも、「problem」という単語にはややこしいこと、めんどうなことのニュアンスが内包されているんですね。先方からすれば、「うちには『問題』はないんだけど?」というわけです。会議の場では、よりフラットなニュアンスを持つ「topic」を使うべきでした。

このように、ただ辞書を引くだけではわからない微妙なニュアンスは、ビジネスの現場だからこそ学べたことです。一度失敗して悔しい思い、恥ずかしい思いをすると、その知識は二度と忘れないものになります。

しかし、それだけではありません。英語力が身につくと同時に「失敗=学び」というポジティブな方程式も、自分の中でより強固なものになっていったのです。

「death」をどう訳すかが、通訳の腕の見せ所

じきに「商社としてサポートするだけでなく、もっと深くブランドに関わりたい」と考えるようになった私は、外資系メーカーに転職。大手化粧品ブランドの商品開発の仕事を任されるようになりました。しかし、いわゆるグローバルな大企業で過ごすうちに「もっと自分自身で意思決定したい」と独立を考えるようになります。

とはいえ、安定した大企業から飛び出すのはリスクも大きい。いろいろな材料を並べて熟考しましたが、「最悪、失敗してもなんとか生きていけるだろう」と思えるタイミングで会社を設立しました。

はじめて飛び込んだ通訳の現場は、とても刺激的で学びが多いものでしたね。

誤解されがちなのですが、同時通訳は「英語が話せる」とイコールではありません。ほんの一例ですが、日本語(漢字)は視覚的で書き言葉に適し、音声だけでは伝えづらい場合もあるということは、通訳する中で見つけた大切なポイントです。

わかりやすい言葉を挙げれば、「death」でしょうか。「death」を訳そうとすると「死は」、つまり耳で聞くと「シワ」になりますよね。なんだか軽くて、「死」という言葉のインパクトが「death」に比べて圧倒的に弱い。

だから、通訳では「『死ぬ』ということは」と言葉を開いたり、「死というものは」と重くすることでニュアンスを伝えなければならないのです。ただ正しいだけでなく、いかにニュアンスまで含めて訳すかが通訳の腕の見せ所です。

ビジネスの面で現場から学んだこともあります。それは、「現場こそ自分のプロモーションになる」ということ。お客様に依頼されて対談の通訳をしたときなど、相手方から「今度、あなたにお願いしたい」と言われて次の仕事につながることが想定以上に多かったのです。

当時はまだ、いかにお客様を増やすか、宣伝などでお客様にアピールするべきではないかと悩んでいて。だからこそ、100%の力を現場に注ぎ込めば自然と次のお客様に出会える、自分をプロモーションするチャンスは現場にこそある、というのは大きな気づきでした。

通訳は、声優だ

ありがたいことに、ある頃から私は「著名人の通訳と言えば関谷英里子」と言っていただけるようになりました。

はじめて著名人の通訳をしたのは、元アメリカ合衆国副大統領のアル・ゴア氏。その後にはダライ・ラマ14世のような尊い立場の方や、マーク・ザッカーバーグ氏、イーロン・マスク氏といった実業の世界まで、幅広い分野の方とお仕事をさせていただいています。

では、なぜ著名な方の通訳をお任せいただけるようになったか? きっかけを遡ると、ある講演の仕事で「話者をそのまま再現してみよう」と試してみたときではないかと思います。なぜ「再現」しようと思ったかというと、「ズレ」のある同時通訳は聞き手にとって負担だから。「ズレ」と聞くとタイミングの問題に思えるかもしれませんが、それだけではありません。

たとえば、壇上で話している人が盛り上がって陽気に話していたら、言葉がわからなくても声のトーンや表情で楽しげな雰囲気は伝わりますよね。けれど、通訳が必死になるとトーンも単調になり、淡々と「とても楽しいです」と言うことになってしまう(笑)。話者と通訳のテンションがズレると、聞き手はストレスを感じてしまいます。

聞き手に、英語で聞くときと同じ体験をしてほしい。話者には、自分が日本語を話せた喋れたらもっと伝えられるのに、と歯がゆい思いをしてほしくない。お互いに「自然に聞いていたら/話していたら、伝わった」と感じてほしい。

——思い切って声優のように話者になりきってみたんです。これが、大好評! 「臨場感があった」「まるで本人が話しているみたいだった」といった声をいただき、自信がつきました。

とくに著名人の講演の場合、お客様はただの情報収集ではなく、その人のキャラクターや思いを含めて聞きにいらっしゃいます。話者が意図的に作る「間」に含まれるニュアンスまで伝えなければ、本当の意味で満足していただけないんですね。

それまで同時通訳の業界は医療系、法律系など分野ごとに特化している人が多かったのですが、私は「話者の熱量やメッセージ、思いを伝えることが得意」だとアピールするようになり、次第に著名人からのお声がけが増えていったというわけです。

言葉の対訳だけではなく、雰囲気や間もそのまま翻訳する。それが、関谷流の「通訳」です。

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関谷 英里子(せきや えりこ)

日本通訳サービス代表。アル・ゴア元米副大統領、フェイスブックCEOマーク・ザッカ―バーグ氏、ダライ・ラマ14世、マインドマップの提唱者トニー・ブザン氏など世界的著名人の通訳を務めてきた、カリスマ同時通訳者。NHKラジオ講座「入門ビジネス英語」の人気講師でもあり、英語セミナーは常に満席。著書に『カリスマ同時通訳者が教えるビジネスパーソンの英単語帳』『えいごのつぼ』など、多数。 http://jtservices.jp/