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近現代史 キリスト教
戦後日本を覆いつくした無意識の「言論統制」〜語られずに消えた記憶
戦前と戦後の「断絶」を考える

朝日新聞の縮刷版をずんずんめくってクリスマスと日本人のふしぎな関係を追いかけているホリイ博士は、敗戦後15年分を調査し終えたとき、大きなギモンにとらわれた。もしかして、戦後の日本人にはポッカリとした「記憶の欠落」があるのではないか?

(連載第1回はこちらhttp://gendai.ismedia.jp/articles/-/47056

みんなの記憶がすべて飛んだのか

戦後の狂乱クリスマスに関して、ふしぎなことが二つある。

ひとつは戦前とのつながりについて。もうひとつは、常に批判されつづけてることについて。

16世紀から、ずっとクリスマス記載を見続けてる私にとっては、「1928年から1936年までのクリスマスの大騒動」と「1948年から1957年までの狂乱クリスマス」はどう見てもつながっている。中断期間はわずか12年しかない。そのうち9年は交戦中である。

クリスマスは、戦争中は自粛していたが、戦争が終わったので、またその続きを始めた、というふうにしか見えない。

実際にそうだろう。どちらもメインはジャズとダンスである。歓楽エリアで大騒ぎをしている。のちの1980年代のクリスマスや、ずっと前の1900年代とはちがう。1930年代と1950年代は同じである。あきらかにつながっている。

でも、どこにもそんな言説がない。もののみごとに、ひとっつもないのである。

1950年代になって識者が眉を顰めるような騒ぎになっていくとき、「戦後になってずいぶんクリスマスが盛んになった」とか「ここのところすっかりクリスマスが定着した」とか、そういう言葉から語られ始めている。

それは大正年間から昭和初めに語られていたのと同じ文脈である。クリスマスは、いつだって「つい最近、流行しだした」のである。近年になって定着した、ともう50年にわたり言い続けられている。

それだけクリスマスに関心を持たないものなのか、と驚いてしまう。

戦後に書かれたものを見るかぎりは、大騒ぎするようになったのは大東亜戦争敗戦後からである、とみな考えているようである。「昭和初年(昭和3年から11年)にお馴染みだったあの〝クリスマスの大騒ぎ〟が、またぶり返してきた」とは誰も言わない。

みんなの記憶がすべて飛んだのか、昭和初年に騒いだ人たちは戦争で全員死んだのか、それともおれが調べた新聞記事がうそだったのか、一瞬、奇妙な感覚にとらわれてしまう。

自分はまちがってないとするなら(そうおもわないと書き進められない)、つまり1928年から1936年にも顰蹙を買うようなクリスマスの大騒ぎが東京で繰り広げられていたのが事実だとすると、奇妙なのは私ではなく戦後の日本人、ということになる。

 

「彼ら」はなぜ語らなかったか

もちろん覚えている人と、覚えていない人がいたはずである。ただ、覚えてる人が、戦前と同じではないか、とはとても言えない空気になっていたのだろう、という想像がつく。

たとえば昭和ヒトケタ生まれの世代(1927年から1934年生まれ)が、1930年代の記憶がないのは仕方がない。

昭和12年以降に物心がつき、軍歌で育ち、小学生中学生くらいで終戦を迎えた世代だから、戦後にジャズを聞いて驚いたであろう。こんな音楽があるのか、と驚嘆したらしい。でもそれはかなり限定された世代である。もっと上の世代は、戦争前からそういう音楽をたくさん聞いており、レコードだっていくつも持っていた。(戦中に聞くのは憚られたそうであるが)。

ところが戦後の論調は、このヒトケタ世代(戦争中は子供だった世代)の意見がわりと真ん中にあり、その影響は21世紀にいたるまで続いている。この世代の語る戦争の話を、あまり相手にしてもしかたがない。長い歴史の目から見て、わたしはつくづくそうおもう。

(子供の話を真剣に聞いてもあまり意味がない、ということである。断片情報としてはとても有効だけれど、総合意見としては聞くに値しない。小学生はなかなか世界を俯瞰できるものではない。)

話を聞くべきなのは、もっと上の世代、昭和3年から11年までの狂乱クリスマスを大人として知っている世代である。明治末年から大正の初め生まれ。つまり、徴兵されもっとも多く死んだ世代である。

しかし彼らは、「戦後クリスマスと戦前クリスマスはつながりがある」と語らなかった。