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社会保障・雇用・労働

【ルポ】僕がパワハラ地獄のブラック企業を訴え、勝利するまで

知っておきたい「会社と戦う」方法

もしも高橋まつりさんに「会社と戦う」という選択肢を伝えることができたなら…。

初めまして。フリーライターの工藤ダイキと申します。現在26歳。ザ・ゆとり世代です。僕は高橋まつりさんが亡くなられた10日ほど前に、会社との裁判を終え、和解金700万円を獲得しました。今回はブラック企業の実態から裁判の方法までを語っていこうと思います。

あの事件の裏で

僕の裁判ネタが『24歳のフツーの男子がブラック企業に勝った黒い方法』という書籍となって世間に公開されたのは、昨年の6月末のことでした。目指せベストセラーで執筆しましたが、結果は空振り三振。全く売れませんでした。

「出版業界は衰退しているから仕方ない」と責任転嫁に躍起になっているとき、あの悲劇的な過労死事件がメディアに取り上げられたのです。

ただただ悔しいなと思いました。同世代の若者が、ブラック企業に搾取され、命まで搾り取られている。そして今この瞬間もきっと、もがき苦しみながら働くたくさんのサラリーマンがいる。

「会社と戦う」という選択肢を日本社会に広めていこうと決めたのは、そういったことがきっかけでした。

僕は日本大学経済学部を卒業後、大手就職サイトに掲載されていた美容の商社(シャンプーなどを美容室に卸す仕事)に新卒入社しました。

ブラックでした。毎月100時間を超えるサービス残業、額面21万、年収270万、有給なんて夢のまた夢、年間休日80日、会社支給の携帯は30%自己負担、3年以内の離職率70%…。黒色に黒色を上塗りしたような会社でした。

「顔がキモイから会社にいるな」との理由から、草むしりやトイレ掃除をやらされたこともあります。頭を叩かれながら説教されるなんて当たり前。フツーに殴られるし蹴られます。

上司との同行営業中、吉祥寺駅前の大通りを営業車で走行しているとき「車内が寒い」と理不尽に怒られ、助手席から殴られたことがありました。

その際、痛みで運転がフラついてしまったのですが「ぶつかれー!いえーい!」と喜んでいる上司を見たとき、この会社はダメだと思いました。

草むしりをやった現場(著者撮影)

パワハラ、そして解雇へ

すぐにでも会社を辞めたかったのですが「3年は我慢」「隣の芝生は青く見える」「もう学生じゃない」「早く辞めた分だけ転職が不利になる」「家賃はどうすんだ?」などなど、魔法の呪文が大音量で内外から聞こえてきます。

いつしか魂の叫び声は搔き消され、僕は僕を殺しました。どうせ会社を辞めることができないのなら、会社に染まった方が楽だと考えるようになったのです。

タイムカード打刻後に働くことへの抵抗感や、上司から「死ね・消えろ・童貞・臭い・早く辞めろ」などと言われることに対して、驚くほど何も感じなくなりました。

心が壊れていたのだと思います。体重が激減しようが、医者から抗うつ剤を処方されようが、僕は無心で働きました。なぜなら「社会人だから」です。

 

だけど限界でした。入社1年目の12月19日。上司に胸元を掴まれながら「営業成績が悪いなら、ブッ倒れるまで働け!」と蹴り込みで叱咤された後、僕は外回りに出かけるため、いつもにように営業車へ乗りこみました。

ハンドルを握り、アクセルを踏み、バックミラーで後方を確認したとき、そこには自分の泣き顔が映っていました。

衝撃でした。スーツを着た社会人の涙、酒の肴にするには辛過ぎます。

「これ以上、自分を殺し続けることはできないな」

ようやく目が覚めました。社会人である前に、僕は僕だったのです。

僕は労働基準法を勉強するようになり、会社に噛みつくための準備を始めました。ICレコーダーを購入し、会社の資料は根こそぎコピー。だんだんとエスカレートする上司の嫌がらせを粛々とやりすごしました。ICレコーダーにはこんな記録があります。

「あなたの態度が周りをみんな不快にしてる」
「会社に居ても、もう仕事は無いよ」
「なんだそのポカーとした顔は? お前と話すとイライラする」

これはまだまだ序の口。この手のパワハラは、数えだしたらきりがありません。この後、退職勧奨を受け自宅待機命令、最終的には解雇…。

解雇理由は勤務態度不良とのことでした。社会人1年+11日で解雇される屈辱。そして唖然とする僕の姿を、笑いながらスマホで撮影する社長に対する怒り。僕は覚悟を決めました。

「よし、この会社を訴えよう」