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規制緩和・政策 経済・財政
朝日新聞のあまりに稚拙な「経済成長否定論」を一刀両断してみせよう
経済面でも、この国をミスリードするか

朝日はなぜそこまで成長を否定したいのか

また慰安婦像を巡って、日韓で大問題が起こった。

2015年12月、ソウル日本大使館前の慰安婦像撤去などを約束した日韓合意が行われたが、ソウルの慰安婦像撤去が進められない中、釜山領事館前に新たな慰安婦像が設置され、日本政府は合意違反であることを訴え、駐韓大使一時帰国などの対抗措置を講じた。

韓国が、国家間の約束違反を平気で行うことにあきれる。さすがに今回は韓国人のなかにさえ、「韓国が悪い」という人が多いようだ。

韓国内で慰安婦問題が正しく理解されない原因の一つは朝日新聞の誤報にあるが、そんな朝日新聞が、国際面だけでなく経済面でもやってくれた(http://www.asahi.com/articles/ASJDY5DR2JDYULZU005.html)。

新年特集の記事のなか(4日付)で、

《ゼロ成長はそれほど「悪」なのか。失われた20年と言われたその間も、私たちの豊かさへの歩みが止まっていたわけではない》《いまのような経済成長の歴史が始まったのは200年前にすぎない》《成長の鈍化はむしろ経済活動の「正常化」を意味しているのかもしれない》

といった論評をしている。

この「成長否定論調」には、すでにネット上でも批判が出ている。一言でいおう。成長を否定したら、幸福の実現は難しくなるのだ。

この論評は、いろいろな識者の意見や身の回りの経済現象をつまみ食いしながら、今の安倍政権の経済政策を批判している。識者の意見の引用も的外れで、最近の経済現象にも無理解があるなど、ほぼ全編に突っ込みどころが満載である。だから、ネット上でも叩きやすい。

特に茶化しやすいのは、

《いまのような経済成長の歴史が始まったのは200年前にすぎない》
《成長の鈍化はむしろ経済活動の「正常化」を意味しているのかもしれない》

という箇所だ。例えば、

《朝日新聞が読まれていたのは、せいぜい140年にすぎない》
《朝日新聞を読まないのは、正常化を意味している》

といったように、これを引用して皮肉で返すこともできる。この「200年に過ぎない」という指摘は、現代のもののほとんどに成り立つことなので、論法としては説得力のないものになる。

 

筆者は、いくつかの正月番組に出演したが、やはりこの話題を聞かれた。例えば、5日のテレビ朝日「ワイドスクランブル」で、成長不要論が出ているがどう思うかと聞かれた。

ちょうど番組では、人々の満足度をどのように高めるかという話題になっていたので、筆者のほうから、経済成長と失業には密接な関係があり、経済成長しないと失業が増えるという「オークンの法則」(Okun's Law なお番組後、出演者から英語のスペルを聞かれた)を紹介し、成長なしでは人々の満足度は高まらないと説明した。

失業は人々をもっとも不幸にするものだし、本コラムでも紹介したが、失業が増えると自殺率や犯罪率が高くなったり、生活保護率も高くなるなど、社会へのマイナス効果ははかりしれない。

このため、少なくとも筆者が首相官邸で経済担当として働いていた小泉政権や第一次安倍政権では、最優先で改善すべき経済指標は失業率だった。