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アメリカ 大統領選

打倒トランプへの険しい道のり 〜「喪に服す」米民主党の苦悩

ポスト・クリントンへ、進まぬ世代交代

「喪に服す」民主党

大統領選挙と連邦議会選挙の敗北後、民主党幹部は生気を失い、民主党の連邦議員らに声をかければ「喪に服している(in mourning)」と呟くようなメールがくる有様だった。

選挙後、現地で筆者が民主党の党幹部、陣営関係者、議員らの口から耳にするのは、これでもかという内部批判とスケープゴート探しであり、再起に向けた健全な議論は進んでいない。

批判の矛先は、1つはヒラリー・クリント元国務長官を党の候補として好んだ民主党の体質、もう1つは陣営幹部の選挙戦略に向けられていた。半分は自己批判である。それは民主党が抱える問題の深さを反映している。

誰もが口を揃えるのが、「ヒラリーではダメだった」という愚痴だが、選挙は「玉」(候補者の資質・経験・物語)、「風」(政治情勢と世論)、「技」(キャンペーン技術や資金など組織力)が組み合わさって勝敗が決まる。どれが欠けても勝てない。

ヒラリーは「技」では群を抜いていた。しかし、「玉」と「風」の組み合わせで深刻な問題を抱えていた。

「経験」の強みがことごとく「弱点」に

何より長過ぎる首都での公職歴だ。

24年前に大統領夫人になって以降、連邦上院議員、国務長官などを歴任しているだけにワシントン色が濃厚だ(ちなみにアーカンソー州知事夫人になったのは38年前)。2008年の大統領選陣営本部も、選挙区のニューヨークではなくワシントン近郊に設置していた。

一般的に、議員の在職の長さは有権者には歓迎すべきことだ。自分の州の重鎮が大統領選に出ようとすると後援会は止めにかかるほどだ。大統領出身州の「名誉」ではパンは食べられない。我が選挙区の議員を連邦議会で長老にさせて、連邦予算を持ち帰ってもらうほうがいい。

他方、大統領は地元利益を運ぶことは期待されない「遠い存在」だ。「新顔」のほうが興味をそそられる。

ジャーナリストのジョナサン・ラウチも指摘するように「14年以内の法則」というのがある。14年の公職を超過して大統領になった事例は、ジョンソン大統領を除いて少ない。長く政治の世界にいると政敵もスキャンダルも増える。

テレビ時代以降、全米的には「無名」に近い状態で彗星のごとく登場するほど大統領選挙では有利だ。カーター、レーガン、ビル・クリントン、オバマなど、地元の外では「新星」だった。

首都に長居は禁物だ。アメリカ政治の底流にある「反ワシントン」のポピュリズム感情は根強い(『見えないアメリカ』2008年)。

 

ヒラリーの場合、「経験」がどれも足かせになった。

「元大統領夫人」はジェブ・ブッシュと同じように「家族支配」感を強めた。夫のクリントン政権の成果はNAFTAを筆頭に経済中道化の産物ばかりで、「反TPP」でサンダース旋風吹き荒れる渦中では覆い隠す対象でしかなかった。

民主党大会のビル・クリントン演説が、2012年演説ほど切れがなかったのは、1990年代の政権自慢が禁句だったからだ。夫婦愛を語ることしかできなかった。

オバマ政権での国務長官歴も強みのはずだった。ヒラリー陣営の前身的存在の政治活動委員会(PAC)は、サングラスをかけた国務長官ヒラリーがブラックベリー型の携帯で電子メールをする写真のポスターを作成した。世界を飛び回る多忙の中、機上から側近に指示を出している「強い女性上司」感溢れる写真だ。

しかし、電子メール問題で、このポスター自体がある種のブラックジョークになってしまった。しかも、この写真を選挙グッズとして、よりによって「スマートフォン・ケース」に採用していた。回収案が出たのもうなずける。

今やこの写真は保守派によるヒラリー訴追のキャンペーンのサイトの扉の写真に転用されている。