野球界の常套句「足にスランプなし」は本当なのか?

元巨人・鈴木尚広氏の言葉から考える

プロ野球の世界には、いくつもの常套句が存在します。「足にスランプはない」。これも、そのひとつでしょう。

バッティングの場合、どんな好打者でも3回のうち2回はアウトになります。日米での通算打率が.324のイチロー選手(マーリンズ)でも、34打席無安打(2015年)のスランプに陥ったことがあります。

そこへいくと、攻撃を組み立てる上で、「足は計算が立ちやすい」のは確かでしょう。たとえば俊足のランナーがスコアリングポジションにいるのといないのとではベンチが取り得る攻撃の選択肢の数は全く違ってきます。

しかし、だからと言って、「足にスランプはない」と大上段に振りかぶって言い切るのは、少々、強引かもしれません。

「足にスランプはない? めちゃくちゃありますよ。そんなことを言う人はどうかな、と僕は思いますね」

そう語ったのは昨年まで巨人でプレーしていた鈴木尚広さんです。通算226盗塁で成功率は82.91%。この数字は通算200盗塁以上の選手の中でトップです。文字どおり"走りのスペシャリスト"と言えるでしょう。

 

足のスペシャリストが陥る罠

数字だけ見れば、10回走って8回以上セーフになるわけですから、「足にスランプはない」ように思われます。しかし鈴木さんによると「感覚的スランプ」というものがあるというのです。それは、いったい、どういうものなのでしょう。

「もちろん体調や天気によっても走る条件は違ってきますが、一番は感覚的なものだと思っています」。

--感覚的なもの?

「はい。たとえば、今までは出ていたヒットが急に出なくなる。やっとヒットが出て一塁に立った。こういうときは気持ちがマストになってしまうんです。"絶対に走らなきゃ"って。すると、前に行こうとする気持ちだけが空回りして、足が動かなくなってしまう。僕はこういう状況を"感覚的スランプ"と呼んでいるんです」

鈴木さんのキャリアの後半は代走が主な仕事でした。僅差の試合、しかも終盤に送り出されるわけですから、失敗は許されません。失敗はチームの負けに直結します。

そうなると集中力が重要になってくると思われます。だが、鈴木さんによると、「これこそが感覚的スランプの原因になる」というのです。

「一点だけに集中し過ぎると、逆に固まってしまって、いいスタートが切れないんです。よく"ピッチャーのクセを盗むことが大切"という人がいますが、それもどうか。そこばかり意識すると、自分の感性が鈍ってしまう。そう、何よりも大切なのは自分の感性なんです」

鈴木さんの話を要約すると、集中し過ぎるとまわりが見えなくなってしまう懸念があるということでしょう。かといって注意力が散漫では話になりません。

「盗塁は足ではなく頭で走るんです」

現役20年間、考え抜いた末に行き着いた結論がそれだったそうです。まるで禅問答によって悟りをひらく禅寺の僧のような日々を送ってきた鈴木さんの言葉だけに説得力があります。