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ボブ・ディランに負けない傑作ぞろい!2016年の海外小説ベスト12

年末年始にじっくり読みたいオススメ本
鴻巣 友季子 プロフィール
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1969年を起点にした"歴史"小説3冊

3 スティーヴ・エリクソン『ゼロヴィル』柴田元幸/訳 白水社

「ゼロ」つながりというわけではありませんが、次はアメリカのシネマテーク小説を。

オルタナティヴな世界を幻視するエリクソンは、1980年代に『ルビコン・ビーチ』(島田雅彦/訳)で一世を風靡し、このところリバイバルの様相を呈しています。

『ゼロヴィル』ですが、もう、どのページを開いても、最高だ! 最高だ! 最高だ!

1969年夏、ハリウッドにやってきた「映画自閉症」(シネオースティック)の青年ヴィカーは、長髪ヒッピー流行りの時代にスキンヘッドで、そこに男女の姿の刺青を入れています。

「陽の当たる場所」のエリザベス・テイラーとモンゴメリー・クリフトですが、たいていの人は「理由なき反抗」と勘違いして……いや、細かいことはいいです。とにかくヴィカーは街に来て7時間のうちに、中世の映画と未来の映画を観たとあって、これは「裁かるゝジャンヌ」と「2001年宇宙の旅」で……という細かいことはいいです。

ともかくホークスのご婦人はみんなイケてるし、「脱出」のローレン・バコールの科白は「コンドル」のジーン・アーサーの科白と一部ぴったり同じだったりするし、フランス映画では誰も、「僕たちにはパリがある」なんて言わないし、「エマニエル夫人」は駄作でも「続エマニエル夫人」と「エマニエル夫人’77」と「さよならエマニエル夫人」はとてもいい映画で、ついでに言うと、シルヴィア・クリステルは作家のハリー・ムリシュの恋人でしたが、そんなことはどうでもいいです。とにかく抜群です。読んでください。

4 ケイト・グレンヴィル『闇の河』一谷智子/訳 現代企画室

歴史の黙殺と向きあう凄絶な一冊です。

原題はThe Secret River。訳者あとがきによれば、「オーストラリアの歴史には密やかな血の河が流れている」という人類学者の言葉から、この題名と作品がインスパイアされたと言います。

「オーストラリア史における先住民の不在(存在の無視)」を1969年に初めて指摘したのがこの人類学者だそうですが、暴力的な入植の史実が20世紀の後葉まで語られずにいたことに、改めて驚きます。

オーストラリアの開拓神話には、「ここに流罪になってきた人々は元々イギリスの階級社会の犠牲者である」という考えがあり、「罪びとが危険な未開の地で立派な開拓者となり更生するという筋書き」が繰り返し書かれてきた。しかし本書は触れられてこなかった「開拓者と先住民の邂逅・接触」の部分に大半を割いています。

最終章では、酸鼻を極める虐殺場面がつまびらかに長くつづきます。詳細な記録も画像も残っていないできごとを克明に「創作」することに、作家は心の痛みを覚えることはあるか? 作者が来日した折に、そう尋ねたことがあります。

小説でしか捉え得ないものがある。と、グレンヴィルの答えはゆるぎないものでした。

5 オルハン・パムク『僕の違和感(上・下)』宮下遼/訳 早川書房

トルコ初のノーベル文学賞作家の最新作です。1969年(またまた1969年が起点!)から2012年に至る、近代化し急成長していくトルコの首都とひとりの男性の肖像を重ねて描きます。イスタンブール市街の丘には「一夜建て」と呼ばれる小屋が立ち並び、多くの人々はボザという発行飲料を売り歩いて生計をたてました。

主人公のメヴルトはある女の子に3年間せっせとラブレターを出した末、ある晩、ふたりで駆け落ち!と相成るのですが、夜道にピカーッと光った稲妻に女の子の顔が浮かびあがり、「あれっ?」となる。これが「僕の違和感」です。ちがう、この子じゃない。じつは、彼は間違って好きな子の姉に手紙を出しつづけていたのです。違和感なんてもんじゃないだろ、と。

訳者によれば、トルコは長らく詩歌が文芸の中心で、西洋から小説形式が導入されて初めて庶民の言葉が入ってきた。多彩な声が響きあう古典的で新鮮な物語のタペストリーをお楽しみください。

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