週プレ全盛期、読者なんていなかった。いたのは100万人の野次馬だけ
島地勝彦×田中知二【第4回】

撮影:立木義浩

第3回【 南伸坊画伯が一肌脱いでくれた件…

シマジ おれは42歳で週刊プレイボーイの編集長になって、たしか4年半ぐらいやったと思うが、トモジは週プレの編集長を何年やったんだ。

トモジ おれは5年ですね。シマジさんが4年半ですから、おれが最長なんですよ。シマジさんほど売れなかったけど、辛い思いを半年長くしたわけです。

シマジ 売れない雑誌の編集長は辛いよね。

トモジ おれのころはシマジさんの時代とはずいぶんちがいますが、それでも正月合併号なんかは90万部くらいいきましたよ。

ヒノ 100万部の週刊誌というのは実際、羽が生えて飛ぶように売れていくものなんですか?

トモジ それが不思議なことに、おれもシマジさんも、コンビニでも本屋でも週プレが売れたところを目撃したことがないんですよ。シマジさんの時代は、正月合併号を150万部も刷っていたんですよ。発売日、平積み雑誌が胸の高さくらいになる。その胸の高さの週プレが一冊も売れない。みていて死にそうになる思いです。

シマジ その気持ちはよくわかるな。おれが集英社インターナショナルにいたとき、中谷巌教授の『痛快!経済学』という書籍を上梓したんだが、売れ行きが心配でしょっちゅう本屋にみに行ったね。ところが、買われるところを一度も目撃できなかった。

筆者の中谷教授も発売日に本屋をいくつも回っていたらしく、電話がかかってきて「シマジさん、ぼくの本を誰も買ってくれないんだけど、大丈夫ですかね」という。それがなんと30万部も売れたんだから。

トモジ 池袋のジュンク堂の社長がこんなことをいっていました。「ベストセラーというのは、1日1冊売れる本のことです」って。何10万部も売れる本が、ジュンク堂くらいデカイところで1日1冊売れるだけなんですよ。ですからシマジさんやおれが1日本屋にいてもその瞬間にはそうそう出会えないわけです。

シマジ そうか。まさに盲亀の浮木だね。

ヒノ へえ、そんなものなんですか。はじめて知りました。

トモジ ジュンク堂の社長は「白い表紙の本がよく売れる」ともいっていましたね。だからおれが出版部にいたときは白いカバーの本しか作りませんでした。

シマジ ほう、そうだったのか。トモジのいうことを信じて、ヒノ、いま編集しているメルマガを纏めた本は白い表紙にしようじゃない。

ヒノ そうしますか。ところで、シマジさんが編集長の時代、どうして100万部をずっと維持出来たんですか?

トモジ おれもジマジさんとはそのことを何度も語り合ったんですよ。たしかに熱狂していた部分もありましたが、そのとき感じたのは、たとえばこういうこと。「読者」って、じつはいないんですよ。

シマジ トモジは相変わらず面白いことをいうねえ。

ヒノ 読者はいない……。それは具体的にどういうことですか?

トモジ 以前は読者がいたんですが、週プレがどんどん売れなくなっている理由は、「ナンパがどうとか、どうせまた前の号と同じでしょう」といった感じで、次に何がくるかを読者に読まれているわけです。偉大なるマンネリですね。超マンネリになると、どうしたって部数は落ちてくる。

だけど、100万部売っていたあのころ、おれとシマジさんがやっていたことというのは、たぶん、偉そうにいってしまうと、読者を作っていたんですよ。

ヒノ トランプが浮動票を集めたような感じですか。