生後8ヶ月の息子ビワ(クルド語で「家がない」という意味)に母乳を与えるヤズディ教徒の母親ズィーナ(18歳)。故郷を追われ、山に逃げ込んで以降、家族と共に空き家で暮らしている。「シンジャルで夫は亡くなり、ここで眠っているんです。だから、私は何があってもここから離れたくないのです」photo by Noriko Hayashi
テロ 国家・民族 ドイツ

イスラム国に「性的暴力」受け追われた少数民族「ヤズディ」の悲劇

5千人が殺され、6千人が性的被害に

報道写真家の林典子さんが写真集『ヤズディの祈り』(赤々舎)を発売する。イスラム国に攻撃された少数民族・ヤズディを、故郷であるイラク西北部のシンガル山から、移民先のドイツまで追ったフォトドキュメンタリーである。彼女はなぜ、ヤズディを撮影しようと思ったのか? 

なぜヤズディは攻撃の対象になるのか?

2014年8月下旬、取材でたまたまトルコ北部に滞在していた私は、現地メディアの報道で、ダーシュ(IS、イスラム国、以下「ダーシュ」)にイラク北西部のシンガル山周辺の故郷の村々を攻撃された中東の少数民族ヤズディが大勢国境を越えてトルコ国内へ逃れてきたということを知った。なぜヤズディがここまで攻撃の対象になったのか、彼らの思いやその独特な信仰について取材をしたいと思った。

宗教的・民族的な少数派であるヤズディの信仰はゾロアスター教、イスラム教、ミトラ信教、キリスト教などに通じ、口承で伝えられてきたと言われている。そのため起源についてもさまざまな形で語られてきた。

ヤズディの人口は世界全体で約60万人~100万人と言われ、その多くがイラク北部の標高1463メートルのシンガル山周辺の村々に集中し、ここの住人たちはここで、何世紀にも渡り先祖から引き継いできた独自の信仰や伝統を守りながら暮らしてきた。ヤズディはクルド人だとされる報道が多いが、私が出会ったヤズディは、

「私たちはクルド人ではない。ヤズディは宗教であると同時に、独立した民族としてのアイデンティティをもっている」

と話していたのが印象に残っている。

シンガル山で避難生活を送るヤズディの少女たち。夕暮れ時に家族が待つテントへ水を運ぶ。photo by Noriko Hayashi

「2014年8月3日……あの日の夜、不思議な夢を見たんです。夢の中でお父さんがどこか知らないところで戦っていました。すると突然、銃声が聞こえてきたのです。夢の中ではなく、現実に。時計を見ると午前3時でした」。

直後、ダーシュの戦闘員に捕らえられた当時15歳のサラはこう振り返る。支援団体によると、約5000人のヤズディが殺害され、戦闘員に連れ去られ人身売買や性的暴力の被害にあった女性は約6000人だと推定されている。

ヤズディが攻撃の対象とされる理由に、ヤズディは異端者であり、ヤズディが信仰の対象とする孔雀天使はコーランに記されるシャイターン(悪魔)に重なるからだといわれている。故郷を追われたヤズディの多くは、シンガル山中や150キロほど離れたクルド人自治区の都市ドホークの難民キャンプや民家に避難した。
 
私は2015年2月からイラク北部を訪れ、シンガル山麓のカナソール村出身のヤズディ、アショール一家が避難生活を送るドホーク郊外の小さな平屋の家に滞在し、約2年の間に4回イラクを訪れ取材を続けてきた。その間、長男のハサンと妻、幼い2人の息子、両親、弟や妹など15人ほどの大家族と一緒に過ごした。

薬剤師の長男ハサンと、大学に通いながらクリニックで歯科医として働く三男シフォック、NGO職員の五男ムスタファや六男のナイフ、 高校生のジョージと末っ子のフセインなどそれぞれが入れ替わり私の通訳をしてくれた。

ダーシュに拉致され、人身売買の被害に遭いながらも、何とか脱出することができた女性たちの多くはイスラム国に顔を記録されている可能性があり、親族を捕らえられているため、撮影の際には個人が特定されないよう、ヤズディの女性が頭を覆う白いスカーフをカメラの前にかざして撮影することにした。

スハン(1991年コーチョ村生まれ)。村に侵攻してきたダーシュの戦闘員に捕らえられ、数ヵ月に渡り精神的、身体的暴力を受けながらも、何とか脱出することが出来た。photo by Noriko Hayashi

美容師を夢見て、地元の美容院で働き始めた1ヵ月後にダーシュの攻撃を受け、故郷を追われた21歳のデルシムは現在、トルコやシリアなどからイラク国内に入って来たクルド人女性兵士らと共に、銃を手にして毎日最前線で戦っている。

「2年前はメイクをしたり、お洒落を楽しむのが好きでしたが、今は美容師になることも、将来結婚をして子どもをもつことも考えていません。 毎日カラシニコフを枕元に置いて寝るのが、私の日常になりました。私の親戚たちはいまもダーシュに捕まったままなのです。私はシンガルとヤズディのためにいつでも死ぬ覚悟ができています」。