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中国 近現代史

『蒼穹の昴』から20年、浅田次郎が描く大ベストセラーの舞台裏

シリーズ第5部ついにスタート

『蒼穹の昴』から20年。中国清朝のラストエンペラー・溥儀と、満州を制した馬賊・張作霖の息子・張学良を物語の中心に据えた待望の第5部、『天子蒙塵』の刊行が始まった! 著者の浅田次郎氏に、シリーズの原点と最新刊の読みどころを聞いた。

世紀のスクープだった離婚話

――中国史には中学生の頃から関心をお持ちだったようですが、作家デビューされてから『蒼穹の昴』を発表されるまで時間がかかったのはなぜでしょうか。

浅田 読者ウケが悪いと思ったんです。清朝末期から中華民国初期には興味を持っていましたが、話が難解なので、いきなりは難しいと考えていました。本当は、もう少し後に始めるつもりだったのですが、勢いで書いてしまいました。でも、今ではいいタイミングだったと思っています。

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――なぜ日本人には馴染みの薄い中国の近現代史を題材に選ばれたのですか。

浅田 日本人が書く中国の歴史小説は、古い時代に偏っていて、『三国志』などは書き尽くされています。これは中国でも同じで、古代の方が人気があるのですが、なぜか僕は中国の近代が好きだったんです。

これは日本史でも同じで、徳川時代には興味がありますが、戦国時代にはないんです。我ながら、読者のニーズとズレていると思います(笑)。

――東洋史学者の宮崎市定さんの著作を読んで、中国への関心を深められたとうかがいましたが。

浅田 宮崎さんは、中学の頃から読んでいました。個人全集を買ったのも、作家ではなく宮崎さんが最初です。僕が宮崎さんの研究で最も興味を抱いたのは、明代と清代の科挙と官僚制度です。

『蒼穹の昴』の科挙のシーンは、宮崎さんの著作を参考にしています。戦前から戦後にかけて活躍された歴史学者は、宮崎さんに限らず、文章が巧くて自由です。場合によっては、「これは作っているだろう」と思えるような学説もあるんです(笑)。それくらい自由なので、小説家としての僕にマッチしていて、興味深く読みました。

――『天子蒙塵』は満州国建国の物語ですが、この構想は『中原の虹』を完結させた頃からあったのでしょうか。

浅田 『蒼穹の昴』の頃から考えていました。『蒼穹の昴』を書き始めたら、キリがないので、とりあえず1800枚で完結させました。そのため、天命の印である龍玉はどこに行ったのかなど、消化不良が残りました。

当初は義和団事件まで書くつもりでしたが、たどり着けなかったので、戊戌の政変で終わらせ、義和団事件は『珍妃の井戸』で改めて書きました。それを書いた頃には、龍玉をめぐってどのように物語が展開するかは、ほとんどできていました。

――『天子蒙塵』で驚いたのは、第一巻が、溥儀と文繡(ぶんしゅう)の離婚話だったことです。なぜ、そこに着目されたのですか。

浅田 以前から興味を持っていました。中華皇帝の中で離婚訴訟を起こされたのは溥儀だけですから、それは天下国家を語ることに匹敵する大事件ですよ。

皇帝の離婚は、昔の中国では考えられませんが、近代国家になった中国では、一夫多妻はおかしいし、当然ながら離婚もあり得る。溥儀の離婚は、転換期の中国で起こった、まさに革命的な事件です。

 

――溥儀の離婚は、日本ではあまり知られていませんね。

浅田 日本で知られていないのは、報道されなかったからです。当時の中国では、様々な新聞がゴシップとして一線を退いた溥儀の離婚を報じています。中国に足を運んで資料を集めましたから、離婚の事実はかなり正確に書けていると思います。

皇帝の第一の務めは子供を作ることですから、皇后の婉容と側妃の文繡がいるのが当り前です。皇帝は先代の家族も受け継ぐので、何人もいる母親の面倒も見なくてはいけないという、特殊な環境でもありました。

当時は、紫禁城の中にだけ、まだ古い価値観を受け継いだ家族がいたんです。まだ女性主導の離婚が珍しかった時代に、因襲を打破しようと立ち上がったのが文繡だったんです。

――文繡は、与えられた境遇に抗い、自分の力で新たな人生を切り開こうとするので、女性読者はもちろん、男性読者も勇気がもらえるように思えました。

浅田 『蒼穹の昴』シリーズの一貫したテーマは、読者に勇気を与えることです。『蒼穹の昴』の李春雲、『中原の虹』の張作霖など、ゼロから成り上がった男たちも同じですね。