Photo by GettyImages
エンタメ 近現代史
SMAP解散で岐路に立つジャニーズ、その姿は戦後日本そのものだ!
ジャニーズの本質を考える

「なんとなく」の存在感

ジャニーズという存在を意識したのはいつだったか。

1983年生まれの僕が通った小学校のクラスでは、まだCDデビューまえのKinKi Kidsが、女子たちにたいそう人気だった記憶がなんとなくある。そのころにはすでに、テレビから流れるSMAPの音楽になんとなく触れていた。もっとも、ジャニーズという意識はなかったが。

音楽ファンを自覚するようになって、古今東西の音楽を積極的に聴くようになって、物心つくまえの日本の歌謡曲にも触れるようになった。筒美京平が好きだったので、筒美が作曲をした田原俊彦や郷ひろみ、近藤真彦の曲などを中古盤で安く見つけては、なんとなく買うことがあった。

1960年代前半のカヴァーポップスに熱中したとき、同時代の音楽として、なんとなく初代ジャニーズの音楽も聴いてみた。古今東西の音楽に目を向けるようになったのち、何気なく耳にしていたSMAPの音楽の質の高さを再認識した。

2000年代も後半くらいになると、何気なく「いい曲だな、これ誰だろう」と思うとジャニーズである、ということもしばしばあった。

ここまで、「なんとなく」という言葉を四回、「何気なく」という言葉を二回、それぞれ使った。特別アイドルファンというわけではない僕にとって、ジャニーズの本質は、「なんとなく」「何気なく」存在しているという点にある。

この存在感はなんだろうか。

 

ジャニーズについて、腰をすえて向き合ったのは、ジャニーズの歴史と個々のアイドルについて語った大谷能生・速水健朗との共著『ジャニ研!』(原書房、2012年)を刊行したときである。それまで「なんとなく」触れていたジャニーズについて、体系的に考える機会となった。

このたび上梓した『ジャニーズと日本』(講談社現代新書)は、『ジャニ研!』での議論を自分なりに展開したものである。『ジャニ研!』で話題になった、野球、ブロードウェイ、宝塚、ディスコといったキーワードをさらに掘り下げながら、音楽的に、文化的に、ジャニーズの歴史と営みを追求している。

そこから見えてきたのは、驚くべきことに、戦後民主主義の国としての日本の歩みだった。これはすごいぞ。ジャニーズを考えることは、戦後日本そのものを考えることではないか!

「なんとなく」「何気なく」存在しているジャニーズは、戦後日本をすっぽりと覆っているではないか!

曲がり角に立つ日本

ジャニーズは、単なるアイドル事務所以上に、日本の深い部分に染み付いた文化として存在している。

日本の戦後は、アメリカの占領下となったところから出発しているが、そんな戦後日本でつねにど真ん中にいるジャニーズについて、考えをめぐらせたのが『ジャニーズと日本』という本だ。2015年末に構想され、2016年を通じて執筆した。ジャニーズにおいては激動だった2016年を通じて――。

構想が固まりはじめ、原稿を書き始めた2016年1月、SMAPが解散するかもしれないという報が飛び込んできた。そして、少し落ち着いたと思った8月に、年内解散決定が大々的に報じられた。『SMAPは終わらない』(垣内出版)という著作を出した直後だった。

ジャニーズと日本』は、そんな状況とともに書き進められている。だから、執筆中、ジャニーズ事務所に対して感心する気持ちと批判的な気持ちの両方がないまぜになっていたことはたしかだ。どこか批判的な気持ちを抱えつつ、ジャニーズの歴史について考察していった。

この本で僕は、SMAPがジャニーズの本流ではなかった、ということを論じている。しかし、それゆえに国民的アイドルになったのだ、と。一連の解散騒動というのは、ジャニーズ的なありかたとSMAP的なありかたとの対立が、国民のまえに突きつけられたことを意味する。

戦後日本をすっぽり覆っているジャニーズは、岐路に立たされている。それは、戦後日本そのものが岐路に立たされているということかもしれない。

憲法、米軍基地、天皇、アメリカ大統領選など、2016年はさまざまな話題があった。「なんとなく」ではいられないいまの時代にこそ、読んで欲しい。

読書人の雑誌「本」2017年1月号より