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防衛・安全保障
佐藤優が一読を強く薦める、今の世界を知るための「最重要書物」
戦争とは何なのか?

なぜ、戦争を学ぶ必要があるのか

「アメリカ・ファースト」を掲げる共和党のドナルド・トランプ氏が米国大統領に当選したことに象徴されるように、世界規模で国家エゴが強まっている。

二度の世界大戦による大量殺戮と大量破壊の反省から国連が結成され、戦争を違法化しようとする努力が続けられてきたが、国際法では究極的に戦争を違法化するには至っていない。

カール・フォン・クラウゼヴィッツ(1780~1831年)は、近代的な戦争論を語る場合に避けて通ることができない人物だ。クラウゼヴィッツの死の翌年に公刊された『戦争論』は、各国の軍人や政治家のみならず、エンゲルスやレーニンのような革命家にも強い影響を与えた。

クラウゼヴィッツは、戦争を政治に包摂する。

〈戦争は、政治的行為であるばかりでなく、政治の道具であり、彼我両国のあいだの政治的交渉の継続であり、政治におけるとは異なる手段を用いてこの政治的交渉を遂行する行為である。

してみると戦争になお独自のものがあるとすれば、それは戦争において用いられる手段に独自の性質に関するものだけである。

 

ところでかかる場合に、戦争術が一般に要求できること、そしてまた個々の場合には将帥が要求して差支えないことがある、それは――政治の方向と意図とがこれらの手段と矛盾しない、ということである。とは言えこの要求は、実際には決して些々たる事柄ではないのである。

しかしかかる要求が政治的意図にどれほど強く反映されるにせよ、そのようなものがいちいち政治的意図を変更し得るなどと考えてはならない。政治的意図が常に目的であり、戦争はその手段にすぎないからである、そして手段が目的なしにはとうてい考えられ得ないことは言うまでもない〉

国家に政治的目的があって、それが外交交渉で実現できない場合には、軍事力によってその目的を実現するのが戦争なのである。こう考えると、国家の政治活動が続く限り、戦争がなくなることはない。

サダム・フセイン政権を打倒することを目的とした米国による対イラク戦争、戦争には至らなかったが、軍事力による威嚇を用いてロシアがウクライナからクリミアを併合した事例を見ても、近未来に大国が戦争以外の手段だけを用いて政治行動をするとは思えない。

それだから、われわれも戦争について学ぶ必要があるのだ。

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