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僕らが爆笑した「漫才コンビ」ベスト10を勝手にランキング!

どんな客でも100%ウケたのは?

歴代最強の漫才コンビは? やすきよのマネージャーをつとめた木村政雄さんとB&Bの島田洋七さんが勝手にランキング!

やっさんの凄み

島田洋七 やっぱり、やすきよさんは別格でしょう。あれ以上のコンビは出てきてないし、これからも出ないと思う。どんな場所でどんな客を相手にしても100%ウケてた。

木村政雄 劇場ではやすきよさんがいつも「トリ」。お客とすれば散々笑って、もうお腹いっぱいの頃に出てきて、誰よりも大爆笑をとる。長いことマネジャーをやらせてもらったけど、あれは凄かった。

洋七 「同級生」とか「野球」のネタが好きやったね。やすしさんが野球を全然知らんから、それがおもろくて。

木村 舞台袖ではよく揉めてたけどね。西川さんは新喜劇出身で台本通りにやりたい人なので、何度も稽古をしたい。反対にやすしさんは一回台本に目を通したら頭に入る人なので、何回も練習させられるのが嫌なんです。それで揉めるんだけど、実は西川さんのほうが短気。

洋七 楽屋では大喧嘩していても、舞台に上がるといつも通り。むしろそれをネタにしてさらに爆笑をとっていた。

木村 やすきよの漫才は「上手い漫才」というより「面白い漫才」。テクニックでいえばいとし・こいしさんとかWヤングさんのほうが上手かった。

洋七 ただ爆笑をとれるかと言えばそうでもない。

木村 おぼん・こぼんさんなんかも安定感はあったけど、逆に言えば、その分だけスタイルが古く見えたのかもしれない。それはオール阪神・巨人さんもそうかも。ただ、今も彼らが人気なのは、新しさ以上に技術が抜群だからなんです。

洋七 逆にやすきよさんは同じネタでもいつも違うように感じる。台本から外れたアドリブが抜群に面白いからね。

木村 これは不謹慎な話だけど、やすしさんが事件を起こしてくれるのが、一番の笑いのネタになっていた。

 

タブーを破ったたけしの笑い

洋七 ネタ作りはオーソドックスやったけど、スタイルで革新的やったのが中田カウス・ボタンさん。今では想像も付かないけどアイドル的人気やった。

最初に舞台に「ジーパン」で出たのも、女性誌に芸人として初めて紹介されたのもカウス・ボタンさん。僕らB&Bもそれを真似してジーパンにトレーナーを着ることにしたんです。

木村 なるほど。私が子供の頃、最初に夢中になったのは漫画トリオ(横山ノック、横山パンチ(上岡龍太郎)、青芝フック)。とにかくテンポがよかった。東京だと春日三球・照代さん。オチはお決まりだったけど不思議と笑ってしまう。正月の演芸番組で見るには最適でしょ。

洋七 僕は「ちょっと待ってね」のギャグで人気やったはな寛太・いま寛大さんの動きが面白くて好きやったな。

木村 漫才の歴史を振り返る上でキーポイントになるのは、やっぱり'80年に起こった「漫才ブーム」。ピークは2年間くらいやったけど、これで漫才師の認知度が一気に高まった。大阪でくすぶっていたB&Bが東京に出て、お笑いを盛り上げてくれたのも大きかった。

洋七 当時、東京ではセント・ルイスが人気やったけど、大阪で一緒に舞台に立ったらそんなにウケてなかった。それで、これやったら「東京でも俺らいけるんちゃうか」と思ったんです。

木村 大阪人の笑いに対する目は厳しいから。芸人さんより普通のおばちゃんのほうが面白かったりするからね。でも関西勢だけでは、あそこまでのブームにはならなかった。やっぱり東京の芸人とお客さんがあってこそのものだと思う。

洋七 そんな東京の中でも別格はやっぱりツービートかな。大学生の男のファンが多くて、大人の笑いやった。

木村 『THE MANZAI』('80年)の第5回でブレイクしたんだよね。あの時初めて東京の漫才師に負けたと思ったよ。

洋七 「アマンド」で待ち合わせするのは田舎者やみたいな、毒のあるネタを中心にしたのがよかった。たけしも嬉しかったんやろ、初めて「飲みに行きましょう」と誘ってきた。