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堀川恵子さんが選ぶ「心をざわつかせた」この三冊

ガン発病が急増する可能性

庭のつるバラが、季節外れの花をぽつりぽつりと咲かせている。一斉にフェンスを彩る春先のバラも壮観だが、冬の花は蕾からゆっくりと時間をかけてほころぶ。色が深くて形も良く、一年で一番美しい。四季を通じて病害虫対策に奔走した労働への、ご褒美のようだ。

冬支度に入る庭の景色は穏やかだが、日々のニュースに心はざわつく。廃炉が検討されることになったもんじゅ。ようやくと思った矢先、政府は後継機を開発すると発表した。

数兆円の膨大な国費を投じても成果を出せず、先進国のほとんどが開発をあきらめた代物だ。核燃料サイクルを見直せば、原発による核廃棄物処理に矛盾が噴き出すのは目に見えている。走り出した車は止まらない。

昨夏、広瀬隆著『東京が壊滅する日』を読んだ。あまりの衝撃に書評をためらったが、ここはやはりと思い直して本棚を掘り起こしてみた。

冒頭で、福島第一原発の事故後、ヨーロッパ放射線リスク委員会(ECRR)が発表した、日本の癌患者の増加予想を取り上げている。福島第一原発から遠く離れた100キロから200キロ圏内で、今後50年で22万人余が癌を発症、その半数は10年以内に発症するというのである。

続いて1950年代、ネバダで繰り返された核実験により、癌や白血病など深刻な放射能被害を受けたアメリカ西部三州のデータが明らかにされる。福島での放射能の放出量や地理的条件を比較して、東京を含む地域がいかに深刻かを説く。アメリカでは癌による死者が急増したのは事故後五年からだそうで、日本は今「潜伏期間」にあるのだと。

ネバダ周辺での放射能被害は、後に政府が機密を公開したことで、広く報道もされた。しかし日本では「特定秘密保護法」の成立により、原子力関連の情報はすべて闇の中だと著者は憤る。

本書には、まさか、と言いたくなるようなデータが並ぶ。しかし著者は原発事故が起きる半年前の2010年、膨大なデータに基づき、巨大災害による原発事故の危機が迫ると予想する著作を発表していた。当時も、まさか、と訝しがられたことだろう。

 

不快な現実を無視する人々

都合の悪い情報は遠ざけ、心地の良い情報にばかり依拠したくなるのは人間の性。優先しがちなのは、理論よりも感情だ。社会に蔓延するそんな空気を、大塚英志著『感情化する社会』は詳細に分析する。

「いいね!」に象徴される「共感」が物事を計る尺度とされ、メディアは「感動」の大安売り。被災地に届けられるのは「勇気」、支援者は「元気」をもらうことに貪欲で、被災地の厳しい現実や政治的課題は「共感」されない。なぜなら、現実は「感情」の外にある現象で「不快」だからという。

かたや厳しい現実に置かれ続ける沖縄には、戦後の矛盾が凝縮する。基地問題に真剣に向き合えば、本土には不都合なメッセージが噴き出す。だから沖縄は、無視され続ける。

「ボケ、土人が!」と沖縄県民に言い放った警官を、政府は「差別と断定できず」などと詭弁を弄して擁護した。だが、本土で批判の声はうねりにすらならない。「勇気」や「感動」ストーリーとは無縁の現実に、人々はコミットしないということか。

最近はテレビも政治に気を遣い、基地や原発といった深刻なテーマに継続的に取り組む局は少ない。戦わなくなったテレビの在り様は、身の回りの心地良さばかりを求める社会の空気そのものだ。

「キツネ目の男」が捕まる日

不快な現実から逃避して、話題の長編小説、塩田武士著『罪の声』を読んだ。1984年~85年、関西で起きた未解決事件「グリコ森永事件」を題材に、30年後の真犯人とその家族、真相を追う新聞記者が登場する。

わが夫は事件当時、神戸支局にいた。江崎社長が誘拐された深夜に叩き起こされ、中継車で江崎邸の目前まで辿り着いたとたん報道協定が結ばれ、呼び戻された。その後は夜討ち朝駆けの毎日で、忘れられない事件という。その彼が、本書をそれなりに面白がって読んでいた。

続いて読んだ私も、作者が描く虚構に引きこまれ、あっという間に読了。一方で「そんな簡単に取材が進むかよ」などと突っ込まずにおられないのは職業病かも。

著者の経歴を見ると、やはり神戸新聞社の元記者だった。作家だけでなく、同社出身のジャーナリストはあちこちで活躍している。誰か、本当に「キツネ目の男」を見つけ出せないか。次はノンフィクションの世界で、犯人が紡いだ真の物語を読んでみたい。

来年は酉年。干支の世界では60年ぶりに「丁酉」の組み合わせとなり、「上」が「下」を剋する年回りらしい。前の「丁酉」1957年は、東海村で日本最初の原子炉が初めて臨界に達した年だ。核燃料サイクルへの反省も検証もないまま、税金という燃料をガブ飲みしながら暴走する国策。

「上」の決定に追随するしかない「下」つまり国民が、不快な現実に目を向けない限り、政治と権力の横暴は止まりそうもない。

週刊現代』2016年12月31日・2017年1月7日号より