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志茂田景樹、10冊の本を通じて自身の半生を振り返る
「絵本読み聞かせ活動」のルーツ

いつまでも子どもでいたい

母が優しい声で物語る、おぼろげだけど心地いい記憶。僕の読書の原体験は1歳頃から母がしていた絵本の読み聞かせです。寝かしつけるためだったようですが、途中で切り上げようとすると泣き出すので毎回一冊は読まされたそうです。でも母自身も楽しんでいました。

読み聞かせは読む側も自分が発する音を体感することで、自然に物語に没頭でき、豊かな気持ちになるんです。僕が今、読み聞かせを広めているルーツがここにあります。

その時の絵本には小学3年生の時に出会い直します。僕は押し入れが好きで、学校から帰ると潜り込む習慣がありました。

ある日、奥に20冊ほど本が積まれているのを発見し、開いてみるとどれも読み聞かせしてもらった懐かしい本ばかり。鮮明に記憶がよみがえっていくことが衝撃的で、夢中でページをめくりました。

 

中でもピーター・パンは特に印象的な作品です。星空を越え、ネヴァーランドという異世界へ飛んで行くシーンなどがまざまざと浮かび、イメージが際限なく広がりました。今でも定期的に本棚から取り出して読みますよ。僕はいつまでも子どもでいたい気持ちもあって、ずっとピーター・パン症候群なんでしょうね(笑)。

小学校の頃は、ガリヴァー旅行記や十五少年漂流記などの、ジュニア向けの名作や伝記を読んでいました。当時凝っていたのが、主人公のその後を自由に空想すること。

たとえばアレキサンダー大王が、もし中東を越えて日本に来ていたら。白馬に乗って富士山を見上げ、何て言っていただろう……。ブランコに乗って、そんな空想にふけることがしばしばありました。

物語の脇道に入り、イメージを膨らませることは、その後もしていました。中学の頃、『戦艦大和ノ最期』を読んだ時も、ストーリーよりも、「厨房はここにあって料理担当の兵士が働いていたんだ」など考え、頭の中の戦艦の構造図に描き込みを加えていくのが好きでした。

友人の一言で小説家の道へ

高校になるとあまり熱心に読書はしませんでした。むしろ映画にのめり込み、高校では映画研究会の部長を務めたくらいで、西部劇が大好き。邦画も元気な時代でした。

大学に入ってからも、俳優の学校に通いながらエキストラのバイトをするなど忙しい毎日。卒業後は弁護士事務所で働いたりセールスをしたり、職を転々としました。

ある時、学生時代に知り合った早稲田大学の友人の家に一升瓶の酒を持って遊びに行ったときのこと。彼はいわゆる哲学青年で、その夜は同人誌に掲載するための原稿を書いていました。

茶碗酒を一緒に一杯やって休憩していると、彼が「これ、続き書いてみろよ」なんて言い出す。読むとちょっとシュールなショートショート風の小説です。その後は二人ともこたつで寝ちゃったんですが、翌朝、彼より早く起きた僕は冗談を真に受け、なんとなく続きを最後まで書きました。

起きた彼は「え、書いたの!?」と驚き、目を通す。だんだん真顔になり、読み終えると「きみ、小説書けるんじゃないか」ってつぶやいたんですね。