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説明しないこと、不完全さを残すこと〜宮本輝が語る「芸術の極意」
人の心を打つ作品とは何か

日常のすぐ隣にある暗い闇

―アメリカの資産家の妻であった叔母が急死したとの知らせを受け、ロスの高級住宅地に向かった弦矢。弁護士から、自分が42億円の遺産の相続人であると知らされ、同時に幼い頃に病死したはずの従妹のレイラがずっと行方不明であると知る。なぜ叔母はそのことを黙っていたのか。その謎から物語が始まります。

息子が9年間アメリカ西海岸のランチョ・パロス・ヴァーデスという土地の外れに住んでいて、孫の顔を見に二度訪ねたのが本書を書き始めるきっかけでした。道一つ隔てた向こう側は白人の大金持ちのための造成地で、売りに出ている邸宅は十数億円する物件ばかり。アメリカ建国以前から生えていそうな巨木が並木を作り、崖から太平洋を望む本当に美しい場所でした。

居心地が良くて散歩しながら「ここに住む人はいったい何の仕事をしているんだろう」と不思議になりましたね。そんなある日、息子と近くの「コストコ」(巨大スーパー)に行ったんです。本場のコストコは「コスコ」と呼ばれ、日本の店の数倍も売り場面積があります。

精算のレジに並んでいたら、壁に何枚も張り紙があり、5~6歳の子供の顔写真の下に「私を見つけてください」と書いてある。それは親が行方不明の子供を探すため全米のスーパーに置いたチラシでした。

息子に「警察は調べないのか」と聞くと「身代金の要求や遺体がなければ、警察は本腰を入れて捜査しないよ。メキシコの広大な砂漠に埋められたら、もう絶対に見つからない」と。その子たちがどうなったのかは、まったくわからないそうです。

資本主義の繁栄の象徴のような場所で、そんな暗い闇が口を開けていることにぞっとしました。

 

―米司法省の統計によると、全米で18歳未満の行方不明事件は年間約80万件も起こっているそうですね。自分の意志で家出した子供を除いても、毎年数千~数万人の子供が行方不明になっています。

それほど誘拐が多いため、ロスアンゼルスでは13歳未満の子供を一人で登下校させたり、買い物中に車に置き去りにすると親が責任を問われます。必ず大人が付き添う必要があるから、夫婦共稼ぎの家や、シングルマザーの子育ては大変でしょう。

草花が美しく咲き誇るランチョ・パロス・ヴァーデスで海を眺めながら、こんなに明るい土地で、なぜこれほど小さい子の行方不明事件が起こるのかと考えるうちに、ぼんやりと小説の構想が浮かび始めました。

自身も体験した「スカンク」事件

―主人公の弦矢はアメリカに留学経験があり英語が達者でCPA(米国公認会計士)の資格を持つ青年です。彼の真っ直ぐな人柄が魅力的で、小説のトーンを明るくしています。

弦矢という男はエリートっぽくなく、ちょっと間抜けなところもある人物です。莫大な遺産を手にしても独り占めせず、本来の相続人である従妹レイラに渡そうと彼女の行方を懸命に探します。彼の目を通じて西海岸の特異な土地の空気を描こうと考えました。

―本書に描かれる地域の風景は、本当に目に浮かぶようです。途中スカンクを車で轢くシーンでは、紙面から臭いまで伝わってきそうでした。

あのシーンは息子の家に滞在中、本当にあったことなんです。近所の人が急に洗濯物を取り込み始めて「急いで窓を閉めて!」と言うから何事かと思ったら、2km先でスカンクが車に轢かれたらしい。「まさかここまで」と外に出たら、吐き気がするほどすごい臭いが漂ってきました(笑)。スカンクを轢いた車はいくら洗っても臭いが取れず、売値は半額以下になるそうです。

―スカンクの事件をきっかけに弦矢と知り合い、捜索を助ける中年の探偵ニコが、名探偵フィリップ・マーロウを彷彿とさせるキャラクターで印象に残りました。

初めに登場したときは、自分でもまさかそこまで重要な登場人物になるとは思っていなかったのですが、書いているうちに見た目とは裏腹な繊細さを持つ彼がどんどん好きになっていきました。

本書を新聞に連載したときの担当者も「弦矢とニコのアナザーストーリーが読んでみたい」と言ってくれました。作中ではあえて彼の来歴や過去には触れていませんが、きっと多くの人の琴線に触れる人物なのでしょうね。

―来歴といえば、亡くなった叔母キクエの生きていた時の姿は、本作の中では伝聞でしか語られません。読者は登場人物の語りのみから彼女がアメリカで過ごした数十年を想像するわけですが、かえってそのことによって、キクエの思いや体験の重さが伝わってくるような気がしました。

そう感じてもらえたなら嬉しいですね。私は小説にとって一番大切なのは「説明しないこと」と考えています。良い小説は「書かれていないこと」が不思議と読者に伝わるんです。

小説を書き始めて間もない頃はそれがわからず、説明し過ぎていた。『泥の河』でようやくそのことに気づき、40年近くかけて少しずつ説明を排した小説が書けるようになってきました。

徒然草に「よき細工は、少し鈍き刀をつかふといふ」という言葉があります。これは仏師が仏像を彫る上での注意ですが、私はこれが全ての芸術の極意ではないかと思うのです。

「切れすぎる刀」で作った作品には魅力がない。どこかにギザギザや不完全なところが残っているからこそ、人の心を打つ作品が生まれるのではないでしょうか。

(取材・文/大越裕)

週刊現代』2016年12月31日・2017年1月7日号より