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「裏切者」「スパイ」と呼ばれて…日本でいま、中国を論じる難しさ

中国に生まれた作家のホンネ【後編】

在日生活26年、在日中国人作家・劉燕子さんと、中国を取材・研究するライターの安田峰俊氏。二人はいま、日本のメディアが「親中か」「嫌中か」という二分法でしか中国を論じなくなったことに、強い違和感を覚えています。

中国について自由に語ることができない苦悩を、前編http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50478)に続き、二人が共有します。

中国を批判できない人、中国批判しかしない人

安田 近年の日本で、ビジネス以外の視点から中国を語るのは簡単ではありません。

前回の対談でも話題にのぼりましたが、右寄りの「嫌中」言説か、左寄りの「お隣の国とは仲良くしよう」という言説にくみする形でしか、なかなか公共圏に向けて中国の話題を発信できないからです。

しかし、中国の反体制派にシンパシーを持つ劉燕子さんのような人にとって、これらの意見に同調するのは難しいはずです。

劉さんが嫌いなのは中華人民共和国の政治体制であって中国(China)ではないので、「嫌中」言説とは合うようで合わない。一方で中華人民共和国の人権弾圧を「仲良くしよう」の一言で見て見ぬふりをする人たちの土俵で、天安門事件やチベット問題を告発することも困難です。

事実、劉さんはかつてインテリ向けのリベラル系の媒体で論考を書かれることが多かったと思いますが、最近は日本の言論空間での身の処しかたに非常に悩んでおられると聞きました。

 そうなんですよ。たしか2011年ですが、『環』という雑誌で、ノーベル平和賞受賞者の劉暁波さんや、彼が起草した「〇八憲章」の特集号を出すことになりました。

――(編集部)横からすみません。『環』って何ですか?

安田 藤原書店が発行している、めちゃくちゃ頭よさそうな論説誌です。

 その『環』No.44(2011年冬号)の「中国の民主化と劉暁波」特集で、いわゆるリベラル系の大物知識人の何人かに原稿を依頼したんです。とあるノーベル賞作家の方をはじめ、戦後の日本の代表的な進歩的知識人の方々に。……でも、ことごとく断られました。

安田 なぜ?

 

 理由も言わず、とにかくダメだということなんです。しかも、かのノーベル賞作家に至っては、「執筆依頼予定のところに自分の名前があるが、これを削ってくれ」と注文してきたのです(『環』No.44 「編集後記」)。これが日本のリベラルの姿でしょうか?

普段は民主主義を口にして「世界市民」を標榜しているのに、中国の弱者や民主化運動に対する理解も関心はほぼゼロなんです。

安田 リベラルの一部には、天安門事件や劉暁波については知識人の迫害問題として批判的に論じようとする動きもわずかにありますが、大御所の方はそんな感じなんですね。1950年代から現代まで相変わらず、中国批判に及び腰という。

劉暁波氏【PHOTO】gettyimages

 そのあとも大変でした。2012年12月に、私は中国評論家で拓殖大学客員教授の石平さんと共著で、育鵬社から『反旗 中国共産党と闘う志士たち』という本を出版しました。

石平さんとは同じ関西在住の民主派の中国人として仲良くしていただいているんです。まず出版社から彼に、天安門事件の書籍のオーダーが来たのですが、「この問題は劉燕子が詳しいから一緒にやろう」と声を掛けてくださいました。事件で亡くなった同世代の人たちのためにも、この本は作るべきだと考えたんです。

安田 確かに、日本で天安門事件のことを扱うなら、劉さんは外せない人です。ただ、育鵬社は「新しい歴史教科書をつくる会」の後身団体が作る教科書を発行している出版社ですね。しかも、一般的には「嫌中言説」の担い手だとみなされがちな石平氏との共著です。

 はい。でも、私と石平さんは同世代で、若いころに文化大革命と天安門事件に直面しました。私たちの人生の根本にある価値観は、中国のこうした政治的な事件に対する義憤や悲しみから生まれているんです。

安田 石平氏は近年の著書の過激な題名やツイッターでの言説のイメージとは違って、本来は冷静な知識人ですよね。

初期の著作の『中国「愛国攘夷」の病理』(小学館文庫、2002年)を読むと、中国のインターネット空間の黎明期に出現しはじめていたインテリ・ナショナリストたちの素顔や出現の背景について、非常に客観的かつ論理的に解き明かしておられます。私はご本人と直接的な面識はないのですが、こちらが同氏の本当の顔なのだろうと思っています。

事実、劉さんと石平氏の共著は、対中国憎悪を煽るような内容ではなかった。中国の反体制文学者や民主活動家の伝記を丁寧に紹介した、知的に誠実な本でした。しかし、同書を出されたことで困ったことになったとか。

 はい。出版したとたんに、親しくお付き合いしていたリベラルの日本人グループからそっぽを向かれました。それまでは私に非常に好意的だった人たちで、劉暁波や中国の民主化運動に関心を示してくれていたことを本当に嬉しく思っていました。

なのに、彼らはある日を境に突然パタッといなくなったんです。どうしてかと尋ねると、「なぜ石平と本を出すんだ」「なぜ育鵬社と付き合うんだ」と。「中身を読んでから判断してください。まともな本なんです」と言っても、「絶対ダメだ」と。

安田 自分たちの陣営を裏切ったと見なされたんでしょうね。

 閉鎖的なムラ社会というか、日本人のこの手の党派意識みたいなものって、本当によく分かりません。リベラルの人たちは言論や表現の自由を標榜しているのに、なぜ育鵬社から本を出す自由は認めないのでしょうか。

安田 変な表現ですが、日本のリベラルの人たちは考え方が封建的で保守的なところがあるので、彼らのケガレ意識に触れたのでしょう。劉さんの立場はブレていないですもんね。

 以前は本当に親しみと感謝を強く覚えていた人たちだったので、この豹変にはすごく落ち込みました。電話をかけても、取ってもらえないんです。こっちの話を聞いてすらいないのに。

私は別に出版社によって主張を変えているわけではありません。どんな会社のどんな媒体への寄稿であっても、天安門事件や劉暁波、「〇八憲章」などをテーマに、中国で言論の自由や民主化のために努力する人たちの姿を描くだけです。

それなのに、育鵬社の本に一度書いただけで、「許さん!」と冷たい目で見られてしまう。読めば、それは分かってもらえるはずなのに……。まったくわけが分かりません!