1934年の銀座〔PHOTO〕gettyimages
近代史 キリスト教

2.26事件の10ヵ月後、クリスマスの銀座は底抜けの騒ぎだった

詩人・萩原朔太郎はこう見ていた

1933年12月23日、昭和天皇に皇太子が生まれた(今の天皇)。祝賀ムードに沸く一方、翌年には東北飢饉、そして1936年には2.26事件と大きな事件が続く。そのころ日本人はクリスマスをどんなふうに祝っていたのか?

クリスマスと日本人の不思議な関係を明かす連載第18回(前回はこちらgendai.ismedia.jp/articles/-/50475 第1回はこちら http://gendai.ismedia.jp/articles/-/47056

皇太子誕生

1933年(昭和8年)の11月に〝ダンスホール事件〟が起こる。

ダンスホールの男性ダンス教師が、数々の女性と関係を持っていたとして、姦通罪で逮捕される。相手は良家の子女から、ダンサー、女優および有閑マダム、はては貴族夫人にまで及び、一大スキャンダルとして大きく世間の関心を集めた。

クリスマス期間にはダンスホールは注目を集める。「ダンスは是か非か」「ダンスホールの醜聞」などという特集が雑誌で組まれる。公序良俗を乱す場所として、世間から指弾される空間となっていった。すこし、クリスマス騒ぎに対する批判的な空気がではじめている。

ただ、1933年の12月23日、昭和天皇の皇太子殿下がお生まれになる。平成の今上天皇である。平成時代は12月23日が天皇誕生日で休みですからね。

この皇太子ご生誕は、大変なニュースとなって日本中をかけめぐる。

1933年12月23日午前6時39分のご生誕。

翌々日12月25日の新聞見出しに「東京と各地 奉祝の歓声とどろき続く Xマス」とある。

「何とサンタクロースの胸にも「奉祝」のマーク 昨夜はXマスと二重奏」

「奉祝!奉祝! なにもかも張り裂けるような喜びに満ちみちた二十四日の奉祝第二夜は、クリスマスとの二重奏だ。瑞雲たなびく宮城前には二十三日の夜に負けず展開される火の海、提灯の洪水、(…)麻布からも本所からも在郷軍人町会員が、冬空にとどけとばかり音楽隊を先頭に果てしない提灯行列」

「この挙国一致の熱誠は、もちろん西洋好みのサンタクロースのお爺さんを狂喜させて、ダンスホールでもカフェーでも、お爺さんはみんな「奉祝」のマークをいれてよちよち歩いている」

「帝国ホテルでは名士たちがごたごた集まって、奉祝とXマスのダンスの夕べ、にらまれつづけのダンスホールでもこの夜はいと朗らかにジャズに合せてのいも洗い。銀座通りでは赤や緑の紙帽子を冠つたほろ酔い紳士が「バンザーイ」ばっかり叫んでいる、御慶事に爆発している日本の師走を超越したうれしい夜だ」

写真が大きく載っており「お祝い気分にステップも軽く【昨夜帝国ホテルのXマス舞踏会】」。

睨まれ続けているダンスホールも、皇太子御誕生の奉祝と、クリスマス騒ぎがあわさり、何となく大騒ぎになってしまっている。

ダンスホールへの締め付けが、皇太子生誕の騒ぎにまぎれて、何となくうやむやになっている、という感じがする。

 

東北飢饉

1934年は、東北飢饉の年である。

1934年12月4日の「本紙寄託 東北凶作義金」の記事。

「東京の子供達は雪の降るのを待っている。楽しいクリスマスが来るのを指折り数えている」

「だが凶作地の子供達は吹き荒さ吹雪の下でどんなにかこの雪を呪っていることか。何と神様の愛が薄いことか!」

「昨日も電車の中でクリスマスの贈物を勝っていただくよりも凶作地のお友達に何か送って上げた方がいいとおとうさんに話している感心な嬢ちゃんがあった」

1934年の年の瀬は、そういう自粛ムードが漂っていた。