「真田丸」公式サイトより

【真田丸 最終回】堺雅人と内野聖陽がいま語る「幸村と家康の生涯」

大注目の結末は…?

「よくぞ今まで誰も書かないでいてくれた」。脚本家・三谷幸喜が、こう言った真田幸村。劇的な生涯の幕切れは、はたしてどのように描かれるか。対決の時が迫る幸村と家康を演じる二人が明かす。

幸村を突き動かすもの

「かつて豊臣秀吉(小日向文世)の馬廻衆として仕えていた信繁が、大坂城に再び入城してから死ぬまでは、たったの8ヵ月しかなかったんですね。信繁が有名だったのは、その8ヵ月だけだった。

でも、人生ってそんなものなんだなとも思うし、8ヵ月あれば、その後400年残る何かが成し遂げられるのかもしれない。ですから、その時期が信繁の生涯で一番輝いていたという思いは変わりません」

『真田丸』の主役・真田信繁を演じた堺雅人はこう語る。

 

師走に入り、今年一年話題を振りまいた大河ドラマ『真田丸』の大詰めが近づいてきた。関ヶ原で天下の覇権を握った家康に一矢報いようと、九度山を脱出した信繁は大坂城に入城し、「真田左衛門佐幸村」と名乗りを上げて、豊臣秀頼(中川大志)に対面。「勝つためにここに来たのです」と頼もしく言い放つ。そして大坂冬の陣では出城の「真田丸」を築いて寄せ手を翻弄した。

父・真田昌幸(草刈正雄)の武名に隠れていた息子が、最終局にきて、ついに主人公としていきいきと輝き始めている。

「大坂城に再び入ってからの場面では、現場を、物語を引っ張っていかなければならないのかなと思っていたのですが、自分の中にいる別の人が幸村を動かしていたんです。

それは父・昌幸であり、秀吉であり、三成(山本耕史)であり、茶々(竹内結子)であり、いろんな人たちの声に突き動かされるように動いていた。

目の前の人に引っ張られるのか、内側から押し出されるかの違いはあっても、結局、幸村は自分で何一つ決めたことなんてなかったんだなという気もします。それは、演じていてすごく面白いところでした」(堺)

そんな幸村に肉薄され、間一髪の危機を逃れるのが寄せ手の総大将・徳川家康だ。

『真田丸』では様々な人間の思惑が渦巻いていたが、ついに家康と幸村という二人の対決に集約されていく。クライマックスが最終話という大河史上初の物語は、はたしてどのように演じられたのだろう。幸村役の堺雅人、そして家康役の内野聖陽が、その思いを語る。

江戸幕府を開いた日本史上の偉大な人物にして「煮ても焼いても食えない狸親父」と言われてきた家康。だが、本作では、脚本家・三谷幸喜による従来のイメージを打ち破る斬新な家康像が話題になった。内野が明かす。

単なる悪役ではない家康

「当初、この真田の物語における家康というのは、真田の敵というか、簡単にいえば〝鬼退治の鬼〟みたいな存在かなと思っていました。ところが三谷さんがのっけから、家康を臆病で慎重で、どうしようもなく気の小さい男として描かれてきたものですから、非常に戸惑いました」

たしかに序盤の家康は、「本能寺の変」の直後、命からがら堺を脱出し、半べそをかきながら岡崎へと逃げ帰っていた。

「視聴者の方の中には、『あれは、バカ殿か』という声もあったようなんですけれど、自分としては、要するに、生き延びられればそれでいい。じつは天下なんて狙っていなくて、自分の一族の安寧のみを考えて、あそこまで偉大になっていったという物語になればいいのかと思って演じてきました。

家康にとっての真田家は、敵ではありますが、対等に対峙してはいけないと自分に戒めていました。家康という何十万石の大大名にとって、真田というのは信州の田舎侍でしかないんです。敵だということをあまりにも意識すると、家康がただの悪代官のような小物になってしまうし、いやらしいだけの男になってしまう。

でも三谷さんは必ず家康の正当性、つまり彼は自分の一族を繁栄させたいという一念だけで生きているというバックボーンを作ってくださったので、悪役だけに振れずに済みました。

やろうと思えば、『真田丸』の家康は、いかにも悪役然としたキャラクターでも作れたと思います。ですが、三谷さんの脚本には、『家康には単なる悪役にはなってほしくない』というシグナルがたくさん埋め込まれていたような気がしています」(内野)

老練さを増していく家康の術中にはまり、大坂方は、次第に政治的駆け引きや内輪の諍いで追い詰められていく。堀を埋められ丸裸にされた大坂城に籠もっては勝ち目はないと、幸村は起死回生の策をめぐらした。