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205万部突破<古典部シリーズ>最新作の読みどころ

米澤穂信さんインタビュー

シリーズ累計205万部を突破した〈古典部〉シリーズ。最新作『いまさら翼といわれても』では、古典部メンバーの大人になる課程を描いている。作者の米澤穂信さんに今作の楽しみ方を聞いた。

古典ミステリの入り口に

―「やるべきことは手短に」がモットーの省エネ男子高校生・折木奉太郎と、「私、気になります」が口癖の好奇心旺盛な女子高校生・千反田える。本書は、神山高校〈古典部〉に所属する二人が、部員の福部里志や伊原摩耶花とともに「日常の謎」を解明するシリーズの6年ぶりの新刊ですが、独立した連作短編集としても楽しめます。

初めての方にも楽しんでいただけるよう心がけています。そもそも本シリーズは、読者の皆さんが古典ミステリに親しむ入り口になってくれればという思いで書いていて。

ミステリのアプローチには、犯人捜しの「フーダニット」、動機を探る「ホワイダニット」、暗号解明など様々ありますが、1冊の中でバラエティ豊かになるようにしています。たとえば1編めの「箱の中の欠落」で選んだのは、手法を問う「ハウダニット」でした。

―生徒会長選挙の投票数が、全校生徒数より37票も多かった。厳正な管理の下でいかに起こりえたかという謎を、里志が奉太郎に持ち込みます。

学生時代に選挙管理委員を務めていた友人に電話をして、投票から開票に至るまでどんな手順で行われていたか事細かに聞き出し、システムにどんな穴がありうるか徹底的に考えました。「日常の謎」について取材する機会はそれほどないので、新鮮でした。

―解決の糸口は、学校の歴史にありました。それに気づいた奉太郎は、自分が「時間が進むことの意味を、本当にはわかっていないんじゃないか」と思いを馳せます。こうした出来事を通して、奉太郎たちが大人になる過程が描かれています。

全編をつなぐテーマを持たせたいと考え、中心に据えたのが「時間」でした。作中の彼らは高校2年生の夏を迎えていますが、その「今」を描きつつ、それぞれの過去と未来を思わせるような作品にしたかった。

たとえば奉太郎はなぜ省エネをモットーとする人間となったのか。「過去にこういうことがあったから」という説明だけで明らかにできるほど、人間は簡単に割り切れるものではありませんが、それでも5編目の「長い休日」で奉太郎の過去を描いたのは、そうした経験を通じて形成された人となりを書いてあげたかったから。そのうえで「未来」をも匂わせるものにしたかったんです。

見え隠れする人間性も描く

―生涯で3回落雷に打たれたことのある先生は、なぜ興味ないはずのヘリコプターを好きだと言ったのか。ホワイダニットの「連峰は晴れているか」では、この謎解きを通して、奉太郎の「無自覚に人を傷つけたくない」性格が描かれています。

謎というのは、誰かが何かを隠そうとしたときに生まれるもの。それがなぜかを探っていくと、たいていは誰かの、誰にも言えない切実な想いが隠されています。複雑に絡み合った人の想いを、ミステリと組み合わせて描いていきたいというのが、デビュー作でありシリーズ1作目でもある『氷菓』からの思いです。

また、社会に出て、付き合う人間の数が増えると、なかなか一人一人に誠実に向き合えませんが、高校生だからこその奉太郎の柔らかな感性を描けてよかったと思います。ちなみに、学生時代に実際、同じく3度雷を食らった先生がいたので、参考にさせてもらいました。

―「わたしたちの伝説の一冊」の冒頭で、奉太郎が『走れメロス』をミステリとして読み解いた読書感想文は画期的でした。摩耶花が、自身の所属する漫画研究会で巻き込まれたトラブルを解決するヒントにもなっており、二重に楽しめます。

それぞれに過去と未来があるように、古典部の内側だけが彼らの世界ではありません。兼部している摩耶花を通じて、古典部の「外」を映しました。個人的な人生だけでなく、縦にも横にも広がりのある社会の中で生きる彼らを描くことを常に意識しています。

『走れメロス』の感想について言えば、終わってしまった物語のその後を空想するのが、小学生の頃から好きでした。特に、幸せな結論を迎えなかった物語に「本当は大丈夫だった」結末を考え、導いてあげることが慰めだったんです。もちろんハッピーエンドを演出することばかりが小説の役割ではないと今は思っていますけどね。

―表題作である最終話は、合唱祭の本番前に失踪した、えるの居場所を奉太郎が探し当てる物語。現段階では必ずしも幸福とは言えない彼女の事情が明かされ、奉太郎が珍しく怒りを露にする場面も描かれます。

シリーズ当初のえるは、古典部に事件を持ち込む「依頼人」の役割を課せられた少女でした。ですが次第に、なぜ彼女がそれほど真実を知りたいと思うのか、どんな人生や想いを経て今の彼女となったのかを知りたいし書きたいと、私自身が思うようになった。本作でようやく、当初の役割から少し解放させてあげられた気がします。

 

―「鏡には映らない」では、一人の少女を救いながらそれ以上は関わらず「陰」のヒーローに徹した奉太郎ですが、今後、えると関わることで彼は「表」のヒーローとなっていくのでしょうか。

肯定しても否定してもつまらないので、「どうでしょうか」とだけ答えておきます(笑)。

様々な方向から光を当てることで予想外の事実が見えてきて、それによって人々の関係性の見え方も変化していくというのがミステリの醍醐味。まずはその謎を、ぞんぶんに味わっていただければと思います。

(取材・文/立花もも)

週刊現代』2016年12月24日号より