大分県由布市の奥湯の郷はコバルトブルーに輝く珍しい温泉(著者撮影)
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温泉評論家が指南する「ハズレなし」の名湯選び、5つのポイント

お湯のよさから歴史・文化まで網羅

名湯力を鍛える

世の中に楽しみや嗜好といえばたくさんある。なかでも温泉ほど、「嫌いだ!」と言う人を見かけないものも少ないだろう。温泉の話題になると、初対面でも自然と顔はほころび、話がはずむ。ビジネス相手と人間関係を築くにも役立つ。そうした会話でよく聞かれるのが、「どこかいい温泉(地)はないか?」である。

このニーズに応えるためか、名湯(宿)○○選などと銘打つ温泉選び本があふれている。その中に傾向的に見られるのは、温泉宿選び本が多いことだ。確かに温泉地に行くとき、宿は重要な条件である。だが、温泉地としてのトータルな魅力、持ち味というものを考えるとき、宿はその魅力のあくまで構成要素の一つでしかない。

温泉宿選びイコール温泉地選びではないのだ。まして「名湯」を求めるならなおさらのこと、温泉地の魅力とは一体何か、人は何に魅せられて温泉地を訪ねるのかを考えざるを得ない。

もう一つ、問題と考えていたのが、温泉選び本が一体どんな客観的基準で温泉地を選んだのかわからないことである。

宣伝や情実で選んだというならさておき、選者の主観であっても温泉地のどのような面に価値や意義を見いだして選んだのか、明らかにすべきだろう。そうしないと読者は請け売りに甘んじるか、期待はずれに終わる。温泉地、まして「名湯」を選ぶ評価の基準が明らかでないのだから、名湯を探す眼力、判断力を鍛えることもできない。

そんな思いを深めていたところへ、現代新書の編集者から企画提案があり、このたび『本物の名湯ベスト100』を出版するに至った。

本書ではしたがって名湯と評価するにふさわしい指標、名湯の構成要件を五つ設定し、それを明らかにしてから、名湯を100位から1位までランク付けした。このランク付けにはさすがに私も当初ためらいがあった。

箱根八湯のひとつ天然岩盤湯壺「姥子の湯」。源泉が染み出る大岩には注連縄がかかっており、湯治場と山岳自然信仰の起源が今に伝え残された貴重な場所とされている。(著者撮影)

人間と同じく温泉もじつは“十湯十色”。みな微妙に個性が違い、味わいがある。古来、世界に共通して天与の恵み、温泉への信仰があり、人々は温泉(の神)に畏敬と慈しみの念を抱いた。そんな温泉神から“格付けするとは神を畏れぬ所業ぞ”と叱られそうだが、読者に本物の名湯とはこういうものなのかと理解、納得してもらうために、あえて総合評価にもとづき順位を付けた次第である。

世界が注目する温泉地

順位は、(一)源泉そのもの、(二)温泉の提供・利用状況、(三)温泉地の街並み景観・情緒、(四)自然環境と周辺の観光・滞在ソフト、(五)温泉地の歴史・文化(的蓄積)、以上五つの指標、名湯の構成要件で総合評価したものである。

したがってある指標は評価が抜群に高くても、別の指標はそれほどでもないことがあり得る。その上で当該温泉地の成り立ちや魅力の重点を勘案して選者責任で決めた。

北海道然別峡の「鹿の湯」は絶景を眺めながら天然の露天風呂を味わえる(著者撮影)

二つ例にとりたい。長野県野沢温泉はすべて高温の自然湧出泉を新鮮な状態の「源泉かけ流し」で提供している。薬師堂が見守る「麻釜」という90度近い熱泉が湯煙を上げる湯池で村人が野沢菜を茹で、生活の場としている。

ボーリング(掘削)してから動力揚湯する温泉が7割以上を占める今、自然湧出という湧出形態を保つ温泉地は貴重である。泉質は美肌効果も認められる硫黄泉が主で、1000メートル以上の大深度掘削が過半数となった近年の温泉開発からもはやこうした泉質は得られない。そうした点も評価の対象となる。

鎌倉時代の文書に記録された野沢温泉は、中世から温泉資源と浴場を村の惣(総)有にして共同管理してきた。今も13ヵ所の共同湯すべてを無料開放し、近隣住民が「湯仲間」をつくって毎日清掃している。

地域資源を持続可能なかたちで共同管理運営するこのあり方は、今世界的に再評価される「コモンズ(みんなの資源)のガバナンス」そのもの。こうして保たれた江戸様式の共同湯建築など温泉村の景観と温泉の良さに惹かれ、外国人観光客も入浴に訪れる。

ノスタルジックな景観が美しい山形県尾花沢市の銀山温泉旅館街。(筆者撮影)

次に秋田県乳頭温泉郷は国立公園内のブナ林に七つの自家源泉一軒宿が点在する。泉質は何と7種類! 湯の色も多彩で利用者の満足度が高い。秘湯人気が高まっても規模を拡大せず、たたずまいも周囲の豊かな自然環境と調和を保つ。この点も大いに評価した。

海外客にも日本の温泉(地)人気は高く、地方の滞在拠点となる。評価を定めた名湯が日本の温泉ブランドの価値を高めることを期待しよう。

読書人の雑誌「本」2017年1月号より