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格差・貧困 不正・事件・犯罪
介護施設を侵食する「薬物汚染」の魔の手
きっかけは、一人の職員から

本格的な「超・超高齢社会」に突入する日本。全国民のおよそ4分の1が高齢者となる未曽有の事態に、財政の圧迫を懸念する国は急激な勢いで介護保険制度の縮小に着手している。

前回の記事http:// gendai.ismedia.jp/articles/-/50297)では【要支援1、2】【要介護1、2】の軽度高齢者への利用負担増と、地域包括ケア・総合事業と呼ばれる市区町村への権限移管によって、巧みに介護保険制度から切り離そうとする施策が着々を進んでいることをお伝えした。

軽度高齢者のなかには、体は元気だが認知症を患っている者も多い。近年は高齢者による交通事故が多く見られるが、軽度高齢者を切り捨てることにより、さらなる死亡事故や万引き、徘徊などの事件が多発する可能性が高く、その反動は社会問題となって私たちのもとに絶望的な副作用をもたらすだろう。

一方、いまやブラック労働の筆頭とも言える崩壊寸前の介護現場はどうか?

こちらも介護人材の異常な劣化をはじめとする複数に絡み合った問題が山積しており、そのほとんどが“官製の副作用”によるものだ。

国の施策により悪化の一途をたどる介護を取り巻く環境。壊滅的な打撃を受け続ける「介護の今」から、今回は法務省が推進する刑務所出所者を介護職に誘導する施策について、数年前に私が運営していた通所介護施設内で起こった様々なトラブルと混乱をもとに考えてみたいと思う。

 

あまりにも想定外の事態

混乱のはじまりは、ある女性介護職員の欠勤がきっかけだった。

豊富な知識と経験があり、施設を利用していた高齢者とその家族、さらに職員からも絶大に信頼されていた30代の女性介護福祉士Aがある日を境に突然、休みがちになる。風邪、ひどい生理痛と、毎朝体調の悪そうな声で理由を話していたが、連続欠勤の3日目を超えたあたりでそれが嘘だと分かった。

介護現場でもっとも困るのは職員の急な欠勤でシフトが崩れることだ。優秀な彼女はいわば4番エース的な存在で、いなくなればその影響は甚大であり、施設にとって大打撃となる。このまま辞められれては困ると寛大な姿勢で慎重に対応した。

そんな最中に今度は厳つい中年男性がAを訪ねて施設にやってきた。

「おい、ここの職員のAは来ているか。俺は金を貸している者だ」

「ずっと休んでいますよ。それより、あなたどちらの方ですか」

「あー、俺は○○組の者だよ。Aとはずっと付き合いがあったけど、この数日間連絡が取れなくなって探しているところだ」

なんと、その中年男性は暴力団の組員だと名乗るのだ。驚いて詳しい事情を訊くと、Aは1年半ほど前から、その組員から直接覚醒剤を頻繁に購入、その代金の一部を支払っていない。金の回収に来たという。暴力団組員が本音も建前もなく、私にそう語ったのは「警察に通報することはない」と判断したからだろう。

Aはずば抜けて優秀でかつカリスマ性も持ち合わせた介護職員だったが、気分が浮き沈みする不安定さがあり嘘も多いため、現場を混乱させる元凶でもあった。覚醒剤と聞き、明るくエネルギッシュに介護する普段の姿と、たまに気分が落ち込んだときのギャップに納得した。

能力の高い介護福祉士が暴力団と繋がり覚醒剤を常用している想定を超える事態。この状況に混乱した私は、Aと仲のよかった女性介護職員を自宅に向かわせた。

「チャイムを鳴らすとすぐに出てきた」というAの顔には、デキモノができ体調は悪そうで、目は虚ろだったという。部屋に入るとテーブルの上にポンプと呼ばれる注射器が何本もあり隠す様子すらみせない。出向いた職員が昼間施設に男性が来たことを告げると、Aは家具や布団、冷蔵の食料などを残したままその日中に夜逃げした。

数日後、私はAから謝罪の言葉が連なるメールをもらい、またしばらくして名前だけが書かれた封書で退職届が送られた。

消えたAの行方は…

Aが消えてから10日間ほどは、失踪の後処理に追われる日々が続いた。施設には暴力団組員だけでなく、地元の不動産屋や高齢者家族までもがおしかけ、家族からは「Aさんはどうしたの!」とひたすら訊ねられ、不動産屋からは家賃未払いを責められた。

「Aが覚醒剤を使用していた」とはとてもじゃないが言えない。高齢者の家族には適当な嘘をつき、地元不動産屋にしつこく請求され踏み倒した家賃は仕方なく私が建て替えた。Aを信頼する家族は、彼女が暴力団とつながり、覚醒剤を常用していたとは夢にも思わないだろう。思うはずがない。

逮捕されたほうがAのためだが、警察には行かなかった。すでに顔見知りになってしまった暴力団に逆恨みされる危険に加え、それでなくとも人員が不足する現場では、エースの突然の退職による穴埋めにやっとまわしている状態で、取り調べで同僚職員が警察に呼びだされたらそれこそ施設運営は成り立たなくなる。