「アジャイル(agile)」という言葉をお聞きになったことがあるだろうか。シリコンバレーに代表されるIT・ソフトウエア開発業界では、十数年前から、よく使われている言葉で、ある種の開発スタイルを指す用語だ。

たとえば、従来なら大人数の開発チームが何年もかけて完成させるような大型プロジェクトを、幾つもの小型プロジェクトへと分割し、これらを小人数のチームが数週間といった短期間で次々とこなしていく。

欧米では今、こうしたアジャイル(敏捷)な仕事の進め方が、単にIT・ソフトウエア開発業界だけにとどまらず、あらゆる業界へと波及し、新たなワークスタイルとして定着しつつある。

●“The New Workplace Is Agile, and Nonstop. Can You Keep Up?” The New York Times, NOV. 25, 2016

 

誰もがプログラマーのような働き方に

元々はITやソフトウエア業界発の技術が、それ以外の産業界へと波及し、私たちの働き方や仕事環境を一新した事例は枚挙に暇がない。

たとえば1990年代から広く使われ始めたEメールは、職場のコミュニケーションの在り方を根本的に変え、これによって中間管理職の必要性が大幅に失われた。

また海底を走る光ファイバーや宇宙空間を周回する人工衛星などによってグローバルな通信ネットワーク網が整備されると、コールセンター業務から経理・総務・人事などバックオフィス業務まで様々な仕事が中国やインドなど新興諸国へと移転する、いわゆる「オフショア化」の動きが世界的に進んだ。

が、これらはいずれもIT・ソフトウエア業界発の「技術」による影響に過ぎない。これに対し、今、進んでいるのは単なる「技術」ではなく、昼夜を分かたず働くプログラマーなどソフトウエア開発業界の「働き方」が全産業界へと波及する現象だ。

そして、実はこちらの方が、私たち労働者に対して、より深く大きな影響を与えるのではないか、と冒頭のNYT記事は見ている。

問題が大きくなる前に片づける

たとえば、米国の大手保険会社「オールステート」では、従来なら1年かけて開発していた新商品を細切れにし、それらを顧客からの要求に応じて1週間で提示するようになったという。

あるいは米メイン州にあるカー・ディーラーでは、いわゆる「IoT(モノにつながるインターネット)」の技術によって、顧客に納めた自動車のタイヤ空気圧を常時ウォッチし、それが異常を来したときには、すぐさま整備士が顧客のもとにかけつけて対応する態勢を整えている。

さらにオーストラリアのシドニーにある科学博物館では、元々はソフト開発業界向けに提供されていた「JIRA」と呼ばれるプロジェクト管理ツールを導入することにより、新しい展示会の企画や資金調達などを、キュレーターをはじめ個々のスタッフが自由裁量で素早く行えるようにした。これによって不要な会議の回数が激減し、あらゆる業務がスピーディに進むようになったという。