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ニッポンの難題「一票の格差」の落とし穴〜是正は本当に必要ですか?

よく聞く論理の「矛盾」とは

アメリカ大統領選で多くの予想に反してトランプ氏が勝利した。イギリスのEU離脱もそうだが、選挙が予測を越えた結果を示し、社会の本質を顕わにする、そういうことが相次いで起こっている。

我が国の次の大きな選挙は衆院選とされる(任期は2018年12月まで)。もっとも、我が国の選挙は諸外国に比べれば実に落ち着いていて、安定した社会状態を示しているかのようだ。

だがその背後で、2016年夏に行われた参院選でも問題になったように、長く課題とされているものがある。「一票の格差」をめぐる問題である。筆者はここに欧米と同じような何らかの燻りを感じる。

ここではその危険を暴き、またその火消しを試みたい。

格差是正は本当に良いことか

2016年11月8日、この年7月に行われた参院選で最大3.08倍だったいわゆる「一票の格差」をめぐる一連の高裁判決が出た。鳥取と島根、徳島、高知を合区とした選挙に対し、16件のうち6件が合憲、10件が違憲状態と判断した。

今回初めて行われた県境を越えた合区が評価され、「違憲」との判断はなかったが、この結果について原告の弁護士グループは「全く話にならない」とコメントしている。また判決も「投票価値の不均等は、見過ごせない程度に達している」と述べ、さらなる格差の縮小を求めているという。流れとしてはさらなる合区が求められているといえそうだ。

 

そして世論の反応も、「格差をなくせ」という方向にあるようだが、しかしこのまま合区を進め、格差是正を続ける手法で本当に良いのだろうか。

一票の格差是正については、人口の多い中央に対して、人口の少ない地方にもきちんと国政に意見を言う権利が認められるべきだという反論がある。だがこの反論には、国会は国を代表するものであるから、そもそも地域枠を設けていること自体がおかしいという再反論があるようだ。さらにはこうもいわれている。

国会には本来関係のない地域枠が設定されていることによって、国民の投票する権利に格差が生じている。一票の重みが地域によって異なるものとなっていることで、結果として政治に民意が適切に反映されていない――という具合である。

筆者はしかし、こうした議論は危ういものだと考える。別に「地方を守る」という立場からそう考えるのではない。「一票の格差を是正せよ」というその考え方自身に、国家の安定性を損なう論理が含まれていると感じるからである。

この「一票の格差」論を展開するとどういうところに行き着くのか、この問題はそもそもどう解くべきものなのか、筆者が考える論理を示し、世論の適切な方向修正をうながしたい。