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地震・原発・災害
作家・熊谷達也が震災後に作中で伝えたかった本当の気持ち
仙河海サーガ第7弾『浜の甚兵衛』刊行

三陸、漁に出る男達のくらし

仙河海―東北は三陸、リアス式海岸の入り江に佇む港町の名前である。現在の人口は7万人弱。本作『浜の甚兵衛』の舞台となった町だ。物語の冒頭で、主人公、菅原甚兵衛が遭遇することになる明治29年の大津波があった当時は、人口が七千人ほどの小さな港町であった。とはいえ、そこそこ賑わっていたようだ。

町に賑わいをもたらす主役はカツオである。初夏になると一本釣りカツオ船が威勢のいい若者たちを乗せ、三陸沖へと出帆していく。やがて、満船となった船が大漁唄い込みの声とともに港へ戻ってくると、陸では大忙しとなる。

当時は鮮魚での流通は僅かで、水揚げされたカツオの殆どが鰹節に加工されていた。冷凍や冷蔵の設備がない時代の話である。魚の鮮度が落ちないうちに可能な限り素早く処理する必要があった。

解体後、まずは巨大な釜で煮るわけだが、船が桟橋に着いてから湯を沸かし始めたのでは間に合わない。大漁唄い込みは、漁師たちが櫓を漕ぐ際に唄われる労働歌であると同時に、満船になったカツオ船の入港をいち早く知らせるための通信手段でもあったのだ。

ところで、どんな時代においても漁には博打の側面がつきまとう。いつも大漁満船というわけにはいかない。漁が思わしくない場合、全長が10キロメートルもある入り江の奥に位置する仙河海港まで櫓を漕ぐのは、あまりにも非効率的で労力の無駄になる。

 

そこに知恵の回る者が出現した。乗組員が4、5名程度の小回りの利く小船を漕ぎ出し、湾の出入り口付近で停泊してカツオ船を待つのである。目印の旗を認めて接近してきたカツオ船に横付けし、洋上で魚の取り引きをするわけだ。

両者にとってウィン・ウィンとなるこの仕組みが「沖買い」あるいは「迎え買い」であり、洋上買い付けに携わる小船が「沖買船」と呼ばれた。もちろん沖買船の取引相手はカツオ船だけではなかった。小さな浜を回って様々な魚を買い付けたり、浜ごとの魚介の流通に一役買ったり、という機能も担っていた。実際、沖買船からスタートして成功し、やがて大きな魚問屋になった者も多い。

いまも鮮明に焼き付いている

本作の主人公、菅原甚兵衛が、仲間とともに弱冠16歳で始めた商売がこの沖買船だった。だが、沖買船で大儲けするには少しだけ遅かった。明治の後期には、魚問屋から発展した仕込み問屋が仙河海町の経済を支配しており、新参者が沖買船で大成功を収める時代ではなくなっていた。

そんな折、菅原甚兵衛の人生に転機をもたらす事件が起きたわけだが、それに触れると完璧に本作のネタバレになってしまうので、この辺でやめておく。

さて、ここまで当たり前のように仙河海、あるいは仙河海町と書いてきたが、そんな地名は日本全国どこにもない。実在の町ではなく架空の港町である。とはいえ、モデルになった場所は確かにある。今の宮城県気仙沼市だ。

ちょうど昭和と平成の変わり目に、当時、中学校の教員をしていた私が3年間ほど暮らした港町である。私が勤務していた中学校の学区の半分が、2011年3月11日の大津波に吞まれた。震災からちょうど3週間後、ようやく現地に行くことができて目の当たりにした無残な光景は、いまも鮮明に脳裏に焼き付いている。

そこから一連の「仙河海シリーズ」(人によっては「仙河海サーガ」と呼んでいるようだ)がスタートした。これまでに『リアスの子』『微睡みの海』『ティーンズ・エッジ・ロックンロール』『潮の音、空の青、海の詩』『希望の海―仙河海叙景』『揺らぐ街』の6冊を上梓してきた。それぞれ違ったアプローチで書いてきたのだが、各作品の登場人物が相互に関連した、震災前後を中心に描いた現代小説である。

最初はここまでシリーズ化するつもりはなかったのだが、あの震災がもたらしたものは何か、震災の前後で変わったものは何で、変わらなかったものは何か、そもそも震災という大きな悲劇を小説で描くとはどういうことか。一冊や二冊で結論が出るものではないと覚悟した。

本作『浜の甚兵衛』は、既刊作品の登場人物の、祖父母や曾祖父母の話である。今現在、私たちが生きている背景には、当たり前だが夥しい先人たちの努力の積み重ねがある。横糸だけでなく時間軸という縦糸にも思いを馳せ、立体的にひとつの町を見つめることで、新たに何かが見えてくるかもしれないという期待がある。

中央からは地方と呼ばれるそれぞれの地域で、未来を担う若者たちが、いかに強かに、そしてしなやかに生きていくか。仙河海シリーズに通底する大きなテーマである。

読書人の雑誌「本」2016年12月号より