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近現代史
日米開戦直前に水面下で進められた「日本版ナチス」計画
政治とカネ、裏工作の真相

(*前回はこちら http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50294 「機密費」編の初回はこちら http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50161

「バスに乗り遅れるな」

日米開戦直前の第二次・第三次近衛内閣に陸海軍から上納された機密費の話をつづけたい。

富田健治(当時の内閣書記官長)の供述によると、機密費の相当部分が大政翼賛会をつくる際、近衛側近の風見章(第一次近衛内閣の書記官長)から議会のボスたちに渡されたという。

しかし、今なら数十億円にあたるであろう金が、なぜ議会工作に必要とされたのか。私たちが教わった歴史では、大政翼賛会は近衛新体制運動を推進するために全政党が自発的に解散してできた組織だったはずだ。

もはや議会には政府や軍の横暴を糺す政党はない。国策を追認するだけの議会に機密費を配らなければならぬ理由はない。と思っていたのだが、実際はそう単純なものではなかったらしい。

 

当時の時代背景をご説明したうえで、真相を知る手がかりとして『風見章日記・関係資料 1936−1947』(北河賢三ほか編・みすず書房)の記述をご紹介したい。

政界の一部や陸軍内で近衛新党構想が生まれたのは第一次近衛内閣時代の1938年、日中戦争が泥沼化したころだ。若さと貴族性で国民の熱烈な支持を受ける近衛文麿を党首に担ぎ、ナチスのように一国一党の強力な指導体制を築いて局面を打開しようという計画だった。

が、この計画は既存政党などの反対で1938年末にいったん頓挫し、1940年に入って再燃した。きっかけはドイツの電撃作戦だった。同年4月、ドイツはノルウェー、デンマークに進攻。5月には東南アジアに植民地を持つオランダ、6月にはフランスを制圧した。

ドイツの動きに便乗し、オランダやフランスの植民地に触手を伸ばしたのが陸軍である。石油、ゴムなどの豊富な蘭領インド=インドネシア、仏領インドシナ=ベトナムを支配できれば、日中戦争も解決できると勢いづき、7月、武力行使を含めた南進策を決定した。合言葉は「バスに乗り遅れるな」だった。

時期を同じくして、政界では近衛新党待望論が急速に盛り上がった。風見日記によれば、5月半ば、政友会の幹部が近衛の「出馬の決意を俟って新党結成に着手した」いという意向を風見に伝えてきた。

これに対し風見は「新体制建設のために政党の解消が必要とあらば政党自ら進んで解消すべきものにして(略)近衛公の出馬不出馬は断じてその動機たるべからず」と突き放した。

風見は、一刻も早く近衛の下に参じて優位な立場を確保したいという政友会の足元を見透かし、自発的に解党するよう仕向けたのである。でないと、新党を作っても既成政党に主導権を握られると考えたのだろう。

2日後、風見は近衛を訪ねて「何れにしても既成政治勢力を叩き壊すに非れば新しき政治体制の出発は不可能」なので「何よりも先ず既成政党爆破工作を第一の目標として、諸方に斡旋するの急務」を述べた。

そして「この下心にて(政友会)久原派」と「(政友会)中島派」に「働らきかくることにつき(近衛)公との話し合ひを終」わったと日記に残している。

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