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大統領選 アメリカ
いま世界を揺さぶる「エリート支配vs.大衆」の構図
トランプ現象・英EU離脱の核心

トランプ勝利の核心をつく

ほぼ日課になっている自転車を乗り終えて昼食を摂り、さて仕事を、と思ってパソコンを立ち上げたのだが、ついついテレビに見入ってしまい、ほとんど仕事にならなかった。アメリカ大統領選の開票日の話である。

今後の世界情勢はどうなるのか。ひいては日々の私たちの暮らしがどうなるのか。そんなことまで真剣に考えずにはいられなくなるのだから、さすがにアメリカの大統領選である。それだけ日本はアメリカという国に依存している、ということなのだろう。

実は大統領選の数日前から、もしかしたらトランプ氏が勝利するかも、と思い始めていた。ちょうどそのころ、そう思わせるような本を読んでいたからだ。それが『「国家」の逆襲——グローバリズム終焉に向かう世界』である。

著者は国際問題アナリストの藤井厳喜氏。本書は、藤井氏が月二回発行している会員制情報誌「ケンブリッジ・フォーキャスト・レポート」の記事を中心に再構成されたものだ。

本書が一貫して拠り所としているのは、近年の国際社会が歩んできたグローバリズムに対するナショナリズムの逆襲と、エリート層が実権を握って政治を動かすエリーティズム(エリート主義)に対するポピュリズム(大衆主義)の台頭、という二つの切り口だ。

「大衆主義」と「大衆迎合主義」は全く違うと著者は強調しているが、この点を読み違えなければ、今回のアメリカ大統領選におけるトランプ現象やイギリスのEU離脱騒動の真相が見えてくる。

ところで、トランプ氏が勝利を収めたあとの日本のメディアでは、グローバリズムに対する反発という側面からはさまざま論じられているものの、エリーティズムに対するポピュリズムの勝利と明確に述べる論調はあまり見当たらない(皆無ではないが)気がする。なぜなのだろう、としばし考えて思い当たった。

 

各種メディアに登場する識者と呼ばれる専門家やコメンテーターは、例外なくエリート層の人々だ。自身の存在を否定するようなコメントはしないはずだし、メディアの内側にいる人々も、基本的にはエリートだろう。藤井氏ならずとも、こんなことで日本のメディア(アメリカもだが)は大丈夫かいな? と心配になってしまう。

「豊かさ」を決めるもの

さて、国家の逆襲、という視点で世界情勢を論ずることができるのは、こんにち、多くの国家が衰退しつつあることの裏返しだとも言えそうだ。

特権的エリートによる支配が結局は国を衰退させるという現象を、避けることのできない基本的な原理として提示しているのが『国家はなぜ衰退するのか』である。

本書では、包括的な政治制度と収奪的な政治制度、包括的な経済制度と収奪的な経済制度、という対比が繰り返し述べられている。そこから明らかになるのは、この世界に豊かな国もあれば貧しい国もあるのは、地理や文化、あるいは無知が原因ではなく、制度と政治の問題に他ならない、ということである。

言われてみれば当たり前のように感じる結論ではあるのだが、本書に説得力があるのは、腰を据えて、という言葉通り、およそ考えられる限りの歴史的な考察と検証を、大変丁寧に積み重ねているからだ。何事も、雰囲気で分かったつもりになっているのと、きちんとした裏付けがあって理解しているのとでは、雲泥の差がある。

経済学や政治学の専門家ではない私たち一般読者が、後者になる手助けをしてくれる一冊だ。

ところで、本書にもときおり出てくる「破壊的創造」をもたらすのは、多くの場合、科学である。

たとえば、産業革命のきっかけとなったワットの蒸気機関も、私たちの夜を煌々と明るくしたエジソンの白熱灯も、通信革命となったベルの電話も、科学が発明へと応用された典型だ。そしてその科学技術は、戦争とともに発達するという避けられない側面がある。

事実、これまでも何度となく、戦争中に開発された技術が民生に転用され、私たちの生活に役立ってきた。そうした構造に警鐘を鳴らしているのが『科学者と戦争』である。

本書ではまず、科学者と戦争の関係を、古くはアルキメデスの時代まで遡って振り返っている。人類の歴史において、いかに科学と軍事が密接にかかわってきたかがよくわかり、とりわけハイゼンベルグなどナチス・ドイツ時代の科学者たちの言動が興味深い。

さらに、戦後の日本の科学者たちによる科学の平和利用への動きを概観したあとで「デュアルユース問題」を取り上げている。科学そのものは中立だが、技術となると善にも悪にも使われる、という考え方だ。

これは結局、科学が悪用されても、悪用した者が悪いのであって科学者に罪はない、という話になってくる。著者は、果たしてそれでよいのかと、科学者の社会的責任について問いかけると同時に、最近の日本における軍事研究のあり方について疑問を投げかけている。

いずれにしても、科学者たちの多くはエリート層に違いないのだろうが、本書を読みながら、なぜかオウム真理教の地下鉄サリン事件を思い出していた。

週刊現代』2016年12月10日号より