〔PHOTO〕神谷美寛

天才シェフと医学博士が生み出す「新しい豊かさ」
食の再定義がもたらすもの

今回、予防医学研究者の石川善樹氏と対談するのは、原宿とフランス・ニースに展開しているフレンチレストラン「Keisuke Matsushima」のオーナーシェフである松嶋啓介氏。普段から親交のある2人が語るテーマは、「これからの豊かさ」です。

松嶋氏は2006年、外国人としては最年少の28歳でミシュランの星を獲得したのち、2010年には日本人としては初のフランス芸術文化勲章「シュバリエ(騎士)」を受賞するなど、数々の偉業を達成。一方でフランスと日本だけでなく世界中を旅しながら、あらゆる事象の本質を見極め、経営者やスポーツ選手などのアドバイザーも務めるなどマルチな才能を発揮されています。

食によってもう一度人間を豊かさに導きたいと考える「兄貴分」松嶋氏と、予防医学を提唱し、「論文を読むのが趣味」である医学博士の「弟分」石川氏。2人の話は食を中心とした「これからの豊かさ」から彼らがタッグを組んで行っている研究にまで及びました(文・田中裕子/写真・神谷美寛)。

(左)松嶋啓介氏、(右)石川善樹氏

フランスと通ずる福岡の「よかろうもん」と「余白」の文化

石川 フレンチ新世代の旗手。そう評される啓介さんですが、いつお会いしても文化や歴史、ライフスタイルなど「料理以外の幅広いお話」をされるので、「この人は本当に料理を作るのか?」と最近は疑っています(笑)

松嶋 よく言われます(笑)

石川 ところで、啓介さんは世界中を旅していて、そのなかで様々な文化に触れていらっしゃいます。この対談のテーマである「豊かさの再定義」について感じていることはありますか?

松嶋 うーん、再定義になるかどうかわかりませんが、僕が最近重視しているのは「余白」です。僕は福岡で生まれて高校卒業と同時に上京し、20歳のときにフランスに渡ったんですね。それで、福岡とフランスには似た意味の言葉があることに気づいて。

石川 ほう、なんですか?

松嶋 「C'est pas grave(セパグラーブ)」と「よかろうもん」。「よかよか」とも言うかな。両方とも、「まあ、これでいいじゃん」というニュアンスの言葉です。

なにかを最後まできっちりやろうとすると、とても苦しい。それが大事なときもあるけれど、「ここを越えると心が壊れちゃう」というとき、周りが「もうよかよか」って余白を取って線を引いてあげることが本来すごく大事なんです。

 

でも、普段からコミュニケーションをしていない……つまり、行動、感情、そして食を共にしていないと、なかなか言ってあげられない言葉でもある。

石川 日本人はとくに仕事では「これくらいでよかろうもん」とはなりませんからね。だから、遅くまでズルズル働いてしまう。そうそう、啓介さんは以前、「日本人は時間にルーズだ」とおっしゃっていましたよね。「始まりの時間には厳しいけどお尻が決まってない」って。

松嶋 僕は以前、三つ星レストランのシェフにアドバイスされてから、夕食は必ず家族と取ることに決めているんです。毎日仕事のお尻がカッチリ決まっているから、テキパキ動く。健康には「食事で摂取する栄養的な側面」はもちろん「家族との時間」も必要不可欠でしょう? だから僕は健康なんでしょうね。

石川 それが世界のトップランナーでい続けられる理由ですね。僕、啓介さんにその話を伺うまで、「なにを自分の軸にしたいのか」って考えたことがなかったんです。

仕事に振り回され、何時に寝て何時に起きるかも自分で決められない。そんな人間が、世の中に何ができるんだろうと反省して。それで自分の時間を分析してみると、メールの返信にかなりの時間を費やしていることがわかりました。

さらにその原因を考えてみると「名刺にメアドを載せているからだ」と閃いて(笑)、思い切って消してみたんです。

松嶋 おお、いいですねえ。

石川 結果的にパソコンに向かう時間が減り、毎日に余白が埋まれました。僕が啓介さんから学んだのは、「豊かでいることは自分で決められる」ということ。自分がゴキゲンに生きるためにどういう環境で過ごせばいいのか、どんな時間の使い方が理想的なのか、ようやく見つめられるようになりました。

松嶋 手持ちの時間いっぱいにやることを詰め込んでも続きませんからね。余白を残して1日を終えるくらいのほうが、人生は豊かになるものなんです。

あと、余白は「侘び寂び」の中にもあって、茶室文化と親和性が高い。残念ながら今の日本のビジネスやテクノロジーは世界からあまり注目されていませんが、日本ならではの文化に端を発する食やファッション、生き方といったクリエイティビティは世界中から注目されています。「日本のクリエイティブを研究することで、これからの豊かさを学べるのでは」と。

石川 なるほど、たしかに「余白」は豊かさを考えるうえでの大切なキーワードですね。