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アメリカ 世界秩序

トランプ以後の世界を生きる「羅針盤」となる本

ビジネスパーソン必読!

トランプは「ニクソン2.0」か

2016年のアメリカ大統領選は、ドナルド・トランプの勝利で終わった。

この勝利は、全米に散る怒れる白人ワーキングクラスの強い支持によって実現されたといわれる。そうして現代の「サイレントマジョリティ」を束ねることによって当選を決めたトランプは、自ら“Law & Order”を強調するところからも、リチャード・ニクソンの再来、すなわち「ニクソン2.0」を自認しているようにみえる。

ニクソンは、金本位制の廃止や中国との国交回復など、1960年代までの世界秩序を覆すような決断をいくつも行った。そうした決断はその後、世界秩序に断続的な変化をもたらした。

この点でもトランプはニクソン2.0を目指しているようで、NATOの見直し、自由貿易からの後退、中国との関係の見直し、ロシアとの関係改善など、選挙期間中に主張してきたことは、いずれも実現すれば現在の世界秩序の前提条件を覆すようなものばかりである。

そんなニクソン2.0を目指すトランプ後の世界を見通すための羅針盤の一つになるのが、元祖ニクソンの外交参謀役であったヘンリー・キッシンジャーの『国際秩序』である。

キッシンジャーは、ニクソン政権時代に国務長官を務めた人物であり、冷戦初期に加熱したイデオロギー的対立に対して、勢力均衡という(ヨーロッパ政治的な)リアリズムの観点から、ニクソン時代の1972年、それまで断絶していた中国との国交回復を実現した立役者として知られる。

2000年代に入ってからの中国経済の躍進をみれば、今日のG2(米中)時代の基礎を築いた人物ともいえる(ニクソンとの関係については大嶽秀夫『ニクソンとキッシンジャー』が詳しい)。

もともと国際政治学者だったことから、実務から退いた後は著述活動に力を入れており、過去にも『外交』や『キッシンジャー回想録 中国』など、実務と学術の双方の経験を活かした大部の著作を記してきた。

『国際秩序』はそれらに比べればコンパクトなつくりであり、時にキッシンジャー自身の経験も記しながら、ヨーロッパ、中国、インド、中東など各地域でその地域の国際秩序が成立した経緯を詳細に概観している。

当然、政権中枢に関わったアメリカについての記述が厚いのだが、キッシンジャー自身、ナチスの迫害に追われてアメリカに亡命したドイツ知識人の一人であったためか、その筆致はどこまでも冷静だ。

 

キッシンジャーの流儀

キッシンジャーの立場は、先述のように、勢力均衡によるリアリズムである。

この考え方自体は狭い土地の中に、諸国、諸侯、そして教会や商人(自由都市)など多くのプレイヤーがひしめくヨーロッパで練り上げられた。

基本的にそれぞれの利害関係を加味し、その利害の網の目の中で、戦闘を極力避け平穏な状況をできるだけ長く維持しようと、プレイヤー相互に思わせるような舞台=関係性をつくる(演出する)のがポイントである。

キッシンジャーはその考え方を、冷戦時代に欧州から世界にまで拡げ適用した。それまでのアメリカが、北米大陸を新世界としてみなす立場から、ヨーロッパ=旧世界とは自分たちは違うという強い自己認識に囚われていたのに対して、キッシンジャーはそのような意識を取り払って、世界を新も旧もないフラットなものとして捉え直した。その分自由な(戦略的)思考を取ることができた。

本書の原書タイトルは“World Order”、すなわち「世界秩序」である。ここでいう「世界秩序」とは、各地域に固有の世界観に根ざした秩序をさす。そうして、相手の目から見た時自分たちがどうみえるかということにも気を配る。

この文化に根ざした世界観まで相手の利害に組み込もうとするのは、リアリズムをキリスト教社会であるヨーロッパから世界にまで拡大した際の成果の一つといえる。それゆえ本書の中でも、各地域の「世界観」につながる文化的背景についても適宜触れられている。

ところで、このようなキッシンジャーのリアリズムは、トランプの時代にも適用されるのだろうか。

というのも、トランプの当選が決まってからすでに1ヵ月近くが過ぎ、目下トランプ陣営は、1月からの新政権稼働に向けた閣僚人事など「トランジッション(政権移行)」のさなかにある。そのためニューヨークのトランプタワーには、連日、閣僚人事を睨んで多くの共和党要人が訪れている。そうしてトランプが面会した中にキッシンジャーも含まれていたからだ。