エンタメ
いきものがかり水野良樹が明かす「曲作りの原点」
名曲「YELL」に込めた思い
伊藤 達也

Jポップを作る意味

戸谷 私は「孤独」や「別れ」への思いが、水野さんの中に強くあるという印象を持っていました。水野さんが書かれた『いきものがたり』を拝読して、その印象は確信に変わったんです。

この本では、いきものがかりさんがこれまで歩んできた経緯が書かれている一方で、曲ごとの葛藤も描かれています。

たとえば「茜色の約束」「帰りたくなったよ」では、いつか別れてしまう人、別れてしまった人への、別れや孤独の言葉を曲に取り入れるかどうかで、オーダーをした人との喧々諤々のやり取りがあったという裏話も綴られています。

私の本では書かなかったのですが、哲学の中で分かり合えない他者との関係を議論する「寛容」という概念をよく使うんです。寛容とは、つまり相手を許す、分かり合えないことを受け入れるイメージの言葉です。

しかし、他者とどうかかわって、言葉を発するかという観点から考えると、「エール」は、寛容とは少し違ったニュアンスをもった面白い言葉です。単に励ましているだけではなくて、大声で励ますようなイメージがありますよね。

水野 ええ、遠くの誰かに投げかけるような言葉ですね。

 

戸谷 誰かに声をかける時に、「ある種の身体的な勢いを持った」言葉になっている。言葉が持つ身体性についてはあまり哲学では考えられて来なかったので、そこに驚きがありました。どうして「エール」という言葉を選んだのですか?

水野 たまたま出てきたんですよね(笑)。ちょっと無理矢理な格好つけになるかもしれないんですけれど、僕は歌詞を書く時に距離感を大切にしています。もっと言うと、歌を発する人と受け取る人の距離感が大事だと思っているんです。

たとえば「がんばれよ」という言葉は距離感が近いですよね。隣りにいる誰かの肩をたたいているような感じがします。でも、エールというと、それに較べて距離感が広がっている感じがする。

高校野球の試合後にエール交換をしますが、あのやり取りには距離がありますよね。しかも、片方は勝者で、もう片方は敗者で、これから道は別れていく。エールという言葉には、そんな距離感を感じます。

戸谷 なるほど、距離感ですか。

水野 「帰りたくなったよ」は、その言葉を発する時にはかなり距離感があります。仕事疲れるな、帰りたいなという身近な思いの時もあるかとは思うんですが(笑)、あの曲で歌われるのは「上京」だったりとか、帰りたいけど今はもうその場所がないなど、すごく遠い距離感なんですよね。

戸谷 そこにひきつけると、エールと言うのは、自分のもとから去りゆく人への言葉に思えます。

Photo by Yuki Matsui

水野 隔っている感じがしますよね。もう自分がその空間にいないことを意識している。教室の中ではエールを送らないですもんね。

戸谷 「帰りたくなったよ」も、自問自答のような独り言ではなくて、声は届かないかもしれないけれど、遠くの街にいるあなたに伝えようとして言っているわけですね。

水野 もっと根本の話をすると、なんでそういう歌を作ろうとするのかというと、そういう歌が社会に求められているだろうと考えているからです。

繰り返すようですけど、僕は「世の中の人は孤独だ」という前提でいるので、誰もが帰りたいという場所があったり、帰りたい気持ちを持っていると思っています。そして、そんな人にこそ歌が必要なんだと。

それは「YELL」でも同じです。じつは14歳15歳の中学生、いまから卒業するという子たちは、この曲が持つ意味を、本当に深いところまでは理解しないで歌っていると思うんです。

でも、5年も経つと、友人が死んだりとか、もしくは友人がまったく違うような人間になったり、別れというものを意識する経験がどんどん増えていく。その時に、「ああ、そういうことだったのか」と思うような歌になれば――と、僕は考えているんです。

戸谷 今起こっていることについて、後になって分かってくる、だけど、後になってからではもうやり直すことはできないので、それを受け入れるしかない。そんな人生観が水野さんにはある。

『いきものがたり』でも、出会いや、成し遂げたことが書かれている一方で、この人と別れてしまった、この人といさかいを起こしてしまったということが綴られています。「あの時は分からなかったけど、今なら分かる」と、何度も書かれています。

水野 そうですね。別れがあって、その時々の点がつながっていく感じというんでしょうか。孤独を前提にしているからこそ、「別れ」から見えるものを大切にしているところはあるかもしれません。

戸谷 『Jポップで考える哲学』で、特に「YELL」について書いていて思ったことがあります。先ほど水野さんは10代の子たちはまだ別れの意味が分からなくて、やがて成長したときに、はたと気づくことがある、と仰っていました。Jポップが最もポジティブに働くのはそういう時だと思うんです。

中学校や高校の卒業はすごく不思議な制度です。卒業式というのは学校の制度の1つで、その意味で期末テストと変わらない。ところが、卒業式だけは若者にとってすごく重い意味を持っていて、だからこそたくさんの卒業ソングが生まれている。

若者たちにとって、これまで過ごしてきた友達との別れがそこにあって、別れの場、儀式としての卒業式に何か意味を見出さなければいけない、考え方の変換をしなければならない。その手助けをしているのが卒業ソングだと思っているんです。「YELL」とは、タイムカプセルのような、後で価値が見えてくるものを送っている。そういう歌なのかもしれません。

後編はこちらから。

水野良樹氏による自伝的ノンフィクション!
Jポップの名曲の歌詞を分析。尤も分かりやすい「哲学入門」