アメリカ 大統領選
トランプ・ショックで「学級崩壊」!? ニューヨークでいま何が…
アラサー女子のNY留学日記
岡田 育 プロフィール

アメリカで生まれ育ったさまざまな人種の学生たちが、「こんなの耐えられない、座って授業なんか受けてる場合じゃない!」と我先に教室を飛び出して抗議デモ集会へ向かう。

「オバマを想って一晩中泣き通した」「自分の近親者にも隠れトランプ支持者がいるかと思うと反吐が出る」「ゲイのルームメイトに何も言ってあげられない」と声を詰まらせ、「Love Trumps Hate(愛は憎悪に勝る)」のステッカーを自主制作し、プリクラのように交換し合う子もいた。

SNS上でも「オーストラリアに移住する!」「就職先はカナダに決めた!」と悲鳴が飛び交う。言外に「(※ただし英語圏に限る)」というニュアンスがあるのが面白い。

そうだ、みんな若いんだった、と気がついた。私の所属する学科は大半が社会人経験者だが、他学部在籍のクラスメイトには20歳前後の子だっている。9.11同時多発テロ事件が起きたときには、まだ幼い子供だった世代だ。

選挙権を得てすぐの大統領選がこんな結果になって、初めての喪失感を経験しているのだろう。彼らが我々をいたわってくれるのと同じくらい、我々も彼らのメンタルが心配になる。

学級崩壊した教室には留学生たちが残り、黙々と手元の宿題をこなしていた。スペイン語と中国語の内緒話が聞こえる。我々は有権者でない代わり、そこまでの失意もなく、ただじっと息を詰めて絶望的な状況を見守るしかない。

いくらニューヨークといえど、今まで差別に遭ったことがないとは言わない。背中から罵声を浴びせられたり、ナンパを装ってからかわれたり、虫を払うような仕草をされたり、飲食店で悪いテーブルに通されたり、そんな扱いには慣れっこだ。

生まれて初めて「我が国はクソだ」と唾棄する若い友人たちの傍らで、もとより「国を棄て」て渡米してきた我々は、自分が選び取ったこのコミュニティをただ信じることしかできない。

学長からのメールは、その後も毎日のように届く。「政治の世界で何が起ころうとも、移民の国、多様性の街の中心にある本学は独立して、あらゆる人種と宗教、セクシュアリティの学生を尊重する」と綴られている。何かに抗うというよりは、自分に言い聞かせているような文面である。

 

大学に生まれた「嘆きの壁」

大学の最寄駅は、ユニオンスクエア。古来さまざまな抗議デモ集会の発着点として機能してきた公園だ。

地下鉄の駅改札を出ると、地下通路の壁にはびっしりポストイットが貼られている。トランプ勝利の「衝撃」を受けて、怒り、悲しみ、恐れ、不安、人々がそれぞれの思いの丈を付箋に綴って貼り付けていく。「サブウェイ・セラピー」と呼ばれるこの営みは、選挙翌日から市内のあちこちで自然発生的に始まった。

五番街に面したパーソンズの校舎でも、ガラス張りのエントランスに書物机が用意され、色とりどりの付箋が貼られるようになった。サブウェイ・セラピーと同じ機能を持つ、大学独自の「嘆きの壁」だ。

パーソンズ美術大学構内の「嘆きの壁」"Post iIt Pop UP " photo by iku Okada

当初は「Not My President(彼は私の大統領ではない)」という全否定が目立ち、次第に「Vote 2018(再来年の中間選挙で下院の過半数奪回を)」といったフレーズや、我が身以上に他者をいたわる言葉が増えてきた。

といっても一つ一つ数えているわけではないから、私自身がようやく、前向きな言葉を目に止めるようになっただけかもしれない。大判の付箋を10枚以上使って意見を述べるものもあれば、アラビア語の書き込みもある。何かを吐き出したくなったら、私はきっと、駅ではなくこの大学の「壁」に貼る。

昨夏ニューヨークへ引っ越してから、私はひたすら自宅と大学を往復するだけの日々を送っている。朝9時から夜22時まで、校舎から一歩も外に出ない日もあった。とても居心地のよい、おそろしく狭く、閉ざされた世界だ。

多国籍なパーソンズ美術大学の学生達 photo by gettyimages

連日の選挙戦報道については面白く眺めていたし、共和党員の取材をして回った人から話を聞いたりもした。大学近くにあるビーガンレストランで裕福そうな男性が熱心にトランプを擁護しているのにちらっと聞き耳を立てたこともある。でも、それだけだ。

「アメリカに住んでいれば、トランプ支持者と直接話す機会だってあったでしょう?」と訊かれても返す言葉がない。私は「アメリカ」のことを、何も知らない。