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韓国 メディア・マスコミ

ゼロからわかる「韓国政治の大混乱」〜なぜ朴槿惠は強気に転じたか

この泥沼状態は長期化する

韓国大混乱、その経緯

韓国で混乱が続いている。

もちろん、議論の中心は朴槿惠(パク・クネ)大統領と「親友」崔順実(チェ・スンシル)の関係を巡るスキャンダルである。発端となったのは10月24日の大統領演説が事前に崔順実に渡っていたことが明らかにされたというニュースだった。

韓国世論はこの問題により、大きく大統領に反発。大統領の支持率は11月第1週には5%という、韓国史上最悪の数字を記録した。

同じく11月に入って、ソウルをはじめとする韓国全土では大規模デモが発生し、毎週土曜日夜に100万人を超える人々が、「朴槿惠退陣」を求めてシュプレヒコールを叫ぶ事態になっている。

このような中、11月20日には事件の中心人物とも言える崔順実が起訴されることとなった。検察は起訴状において大統領が被疑者との「共犯関係」にあると断定し、大統領を今後も「容疑者として捜査」する旨を明らかにした。

このような事態に対し、当初、朴槿惠大統領は世論の反発に配慮するかに見えた。大統領は事件発覚翌日の10月25日にはじめての謝罪記者会見を行った。就任後1年近くも記者会見を行わなかったことが表わすように、そもそも朴槿惠大統領は記者会見を極度に嫌う傾向のある人物であったからこそ、謝罪会見それ自体が異例中の異例だと言えた。

しかし、この記者会見でも事件に対する世論の反発は収まらず、朴槿惠大統領は、11月4日に再び謝罪会見を行った。

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大統領はこの記者会見において、「今回の事件について、真相と責任を究明するために最大限協力したい」と述べ、「検察の取り調べに誠実に臨む覚悟であり、特別検察による捜査まで受け入れます」と表明した。

大統領は続く11月8日の国会議長との会談では、「国会が推薦する国務総理を任命する」とも述べ、自らの権限を一部手放す方針をも明らかにした。大統領の妥協的姿勢を受けて、一部では大統領の早期辞職の可能性までが囁かれ、韓国内では一時期安堵が広がった。

なぜ大統領は強硬策に転じたのか

しかし、このような大統領官邸の姿勢は、11月第3週に半ばに入ると一変した。

 

検察による崔順実起訴と、起訴状における大統領「共犯関係」言及に対し、大統領弁護士は起訴状の内容は検察による「想像と推測」の産物だ、と述べその内容を全面的に否定した。併せて大統領弁護士はこれにより検察との間の信頼関係が損なわれた、として今後の検察の捜査に一切応じないことを明らかする。

大統領官邸は翌日には「野党は大統領が提案した内容と異なるものを主張している」として、当初とは「条件が変わった」という理由により「国会が推薦する国務総理を任命」する方針をも撤回した。

大統領官邸のホームページには検察に対する反論の言葉も並んだ。大統領官邸の強硬姿勢への転換により、事態は当面の出口を失い、国会では与野党から大統領弾劾の声が上がるようになっている。

だが、なぜに朴槿惠大統領は突如、当初の融和的な方針を展開し、強硬策に転じたのだろうか。