格闘技
山本美憂・総合格闘技「参戦の真相」~榊原マジックとは一体何なのか
【最強さんいらっしゃい】第4回
最強とはなにか。その言葉の意味を求めて、さまよい歩くわれら「最強探偵団」。今回は、日本の女子レスリング界を長年に渡って牽引し、今年からMMA(総合格闘技)に闘いの場所を移した“女王”山本美憂選手。話題を集めたMMAデビュー戦のRENA戦や、予定される年末のビッグマッチ。さらに──受け継がれる「山本家のDNA」について訊いてみた。

これが榊原マジックか……

──「最強さんいらっしゃい」初の女性格闘家、山本美憂選手です。訊きたいことは色々あるんですが、まずは……復帰おめでとうございます!
美憂 ありがとうございます! でも、おめでたいのかなんなのか(笑)。日本での試合は5年ぶりくらいになるんですかね。とにもかくにも、日本のマットに帰って来ました!

──思えば、2004年2月のアテネ五輪48㎏級最終予選。雪の駒沢体育館で行われた坂本真喜子戦以来の大舞台だったのではないでしょうか。妹の山本聖子選手も55㎏級で吉田沙保里選手との頂上決戦に敗れ、姉妹揃って五輪出場を逃して……あれは切なかったです。
美憂 ああ、ありましたね。確かに大きく取り上げられたのは、あの最終選考会以来かもしれませんね。

──最強のDNAを持つ山本家の長女ですから、やはり日本のファンはその姿を待ちわびていたと思います。
美憂 9月のRIZINの結果はみなさん御承知の通りではあるんですけど。でも日本で試合できたことは素直に嬉しかったです。それもあの大観衆の中、ルールがMMA(総合格闘技)ということで、本当に私の人生いろいろあるなあって(笑)。

(C)RIZIN FF/Sachiko Hotaka

──ありすぎですよ! 3度の引退と3度の復活とは、波乱万丈そのものです。なぜ今回、復帰を決めたのか……そこがファンにとっては気になるところだと思います。RIZIN参戦の話を榊原信行・CEOからもらったのが試合の三カ月前だったとか?
美憂  実は去年の10月に最初のオファーがあったんです。アーセンに大晦日の試合に出てくれとオファーがあったとき、私にも「どう?出てみない?」って榊原さんから言われて。でも私はカナダに国籍を移して、カナダ代表としてリオ五輪目指していたんで「はぁ?」みたいな(笑)。

──まったく相手にしなかった、と。
美憂 「右から左に受け流す」ですね。だって私、当時はアーセンの出場にも大反対してたんですよ。「総合なんて危ないから駄目!」って。それなのに、その私にもオファー出すって、どういうつもりなんだと。でもこれが「榊原マジック」の始まりだったんです(笑)。

── 母子共に取り込もうと思ったんですかねえ(笑)。
美憂 もう「ありえない」って思って(笑)。この頃の私はカナダのレスリング協会と色々交渉しながら、五輪出場を目指していたんで、それどころじゃなかったんです。でも書類の不備があって、今年の春の五輪予選に出られなかったとか、とにかくいろんな問題が噴出していた時期です。でもあきらめられずに、スポーツ問題に強い弁護士の先生を付けて交渉は続けていたんですよ。それくらい五輪には強い想いがあったので。

──考えてみたら、全日本、世界と手中に収めてきた美憂選手が、唯一手にしてないのが五輪出場の切符ですもんね。
美憂 とにかくギリギリまで交渉して、出場できるかどうかわからないけど、いつその連絡が来てもいいように練習は続けていたんです。でも最終的に「予選への出場は無理」ってなったのが6月の上旬くらい。本当に直前まで粘ったんです。で、「無理かあ」ってなって、張りつめていた糸がプツンって切れたところで、再び連絡くれたのが榊原さん(笑)!

──出た!
美憂 なんと(カナダの)トロントまで口説きに来たんですよ。「改めて、RIZINどう?」っていうオファーで。そのとき「これは本当にタイミングのいい人だなあ」って、なんだか運命的なものを感じましたね。榊原さんの誠意も凄く感じましたし。さすがに「これは意味があるんだろうな」って。

(C)RIZIN FF/Sachiko Hotaka

──確かにタイミングがドンピシャですもんね。
美憂 五輪が駄目って決まった後は、練習しようと思っても、さすがに気が入らなかった。そのタイミングで来たのがRIZINでしたから。このときばかりは榊原マジックの凄みを感じましたねえ(笑)。

──ってことは、即答したんですね?
美憂 いや、そうでもないんです。「弟(山本KID徳郁)の許可をとらないと」って言って、ちょっと留保していました。総合をやるとしたら、弟のチームでやりたいって思ったし、そうじゃないと嫌だなって思ってもいたので。それで、弟にすぐさま連絡を取ったら「NO!」って言われて(苦笑)。

──えー!
美憂 おそらく、総合のリングに上がるのは危険だと思ったんでしょうね。でも、こっちはどうしてもやりたいから「こんな(総合の)練習やってるよ」みたいなアピールVTRを作りまして(笑)。それを送りつけたんですけど「でもダメ!」「危ない!」って。それでもまた送りつけて、と、それを何回か繰り返しましたね。

──繰り返したんですね(笑)。

74年、神奈川県生まれ。五輪レスリング日本代表だった父山本郁榮の影響で10歳からレスリングを始め、13歳から17歳まで全日本選手権5連覇。さらに史上最年少17歳で世界王者に。42歳になった今年総合格闘技に転向。弟は総合格闘家の山本KID徳郁。妹は女子レスリング世界選手権4度制覇の山本聖子。MMAの新星として期待を集める山本アーセンは長男である