20歳のころ留学先で教わった「ワインの味」が私の人生を変えた

島地勝彦×廣瀬恭久【第3回】
島地 勝彦 プロフィール

廣瀬 いつごろ売られたものなんですか?

シマジ たしか2010年でしたか。これをはじめて飲んだときの感動はいまでも覚えていますよ。これぞ日本の最高のウイスキーだと思いましたね。それから2011年、2012年、と国内販売されたのですが、品薄ですぐに完売したようです。

2013年はヨーロッパだけで売られたのですが、わたしなどは逆輸入させて買ったくらいです。2014年にも出ましたが、これは国内向けでした。2012年、2013年、2014年と英国で金賞を受賞していました。でもその後2015年も2016年も1本も発売されていません。ミズナラのカスクはなくなったという噂ですね。わたしの感じでは2010年がいちばん美味かったと思います。

廣瀬 ミズナラの正体はなんですか?

シマジ 北海道に自生する木なんですが、それで樽を作ったわけです。1938年ごろだと聞いています。日本は戦争を目前にしていたので、アメリカンオークもスパニッシュオークも輸入されなくなり、サントリーは仕方なくミズナラの木で樽をつくり、それに出来たてのモルトを詰めたんでしょう。

ヒノ 一度ここで飲ましてもらいましたが、香り立ちが凄かったですね。

シマジ 美味かったからもう全部飲んでしまいました。

立木 おれがこんなにここに通っているのに、シマジは山崎のミズナラがあることを一度も教えてくれなかったぞ。

ヒノ たしかその辺に山崎がゴロゴロありましたよね。

シマジ わたしは別に隠したりしていませんから、タッチャンが興味あればいくらでも飲んでいただいたのに残念です。

立木 まあ山崎のミズナラがそんなに貴重なウイスキーだと知らなかったおれが悪かったんだな。この件は許そう。

廣瀬 立木先生、失礼ですけどいまおいくつなんですか?

立木 まもなく79です。

廣瀬 みるからにお元気ですねえ。

シマジ 79歳にはみえないでしょう。

立木 いや、中身は腐ってるから。

シマジ いままでタッチャンからオヤジ臭は一度も感じたことはないですよ。

立木 シマジ、お前は鼻が悪いんだよ。オヤジ臭は他人にはわかるけど自分のはわからないから、気を付けろよ。

シマジ アッハッハ。その通りかもね。

廣瀬 立木先生がこんなに格好いいのは、腐乱ではなく、すばらしい熟成の成果だと思いますね。

立木 廣瀬さんはいいこといいますね。

シマジ ワインもシングルモルトも熟成が肝心だものね。

ヒノ ところで、いまさらですが、廣瀬さんはなぜワインビジネスをはじめられたんですか?

廣瀬 いまぼくは67歳なんですが、20歳のころ留学先でワインに出会って興味を持ったんですね。はじめて飲んだのはアメリカでした。

ヒノ アメリカに留学されていたんですか?

廣瀬 ええ、ちょっとだけですけどね。

シマジ まさかナパワインではないでしょうね。

廣瀬 いや、正真正銘のフランスのグランヴァンでしたよ。その美味さを教えてくれたのはチリ人でした。そのころのワインは日本以外では安かったんです。

ぼくは長男でしたから家業を継がなければならなかったんですね。でも、親父の会社は半導体の製造をやっていたんですが、まず親父とソリが合わなくて、また半導体にもまったく興味が持てなかったんです。

そして36歳のときです、親父が会社を売ることになりまして、期せずしてぼくは自由を得たわけです。そこで趣味で飲んでいたワインを自分の商売にしようと決心しました。

そのころはまだ日本のワインはめっちゃくちゃ高かったんですよ。新参者として、どうしたら自分が好きなワインをみなさまにリーズナブルに提供出来るか考えたわけです。

シマジ それが広尾の「エノテカ」だったんですね。

廣瀬 そうです。シマジさんと出会ったワインショップです。

立木 やっぱり人生は好きなことをやればどんなに大変でもやり通せるものなんだね。

廣瀬 まったくその通りですね。

〈次回につづく〉

廣瀬恭久(ひろせ・やすひさ)
エノテカ株式会社 会長
1949年兵庫県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、川鉄商事(株)に入社。ユニゾン(株)勤務を経て、1988年8月、ワイン専門商社「エノテカ」を設立し代表取締役に就任する。2015年3月、アサヒビール(株)の完全子会社となり、現職に。

著者: 開高健、島地勝彦
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1989年に刊行され、後に文庫化もされた「ジョーク対談集」の復刻版。序文をサントリークォータリー元編集長・谷浩志氏が執筆、連載当時の秘話を初めて明かす。

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