20歳のころ留学先で教わった「ワインの味」が私の人生を変えた
島地勝彦×廣瀬恭久【第3回】

撮影:立木義浩

第2回【 許永中からもらった「ロマネ・コンティ」

シマジ 日本のワインブームに火をつけた張本人は、廣瀬さん、あなたですよね。

廣瀬 いやいや、そんなことはないですよ。日本の食文化がこれだけ質が上がっていくなかで、いまやわれわれ日本人も世界のいろんなところへ行きますから、現地でワインを飲んで好きになって帰ってきたりするでしょうし、それに日本のワインに対する税金が非常に安くなったこともブームが起きる要因になったんじゃないでしょうか。

シマジ わが国の酒全体の関税が下がったのは、サッチャーさんのお蔭ですよ。中曽根首相のころ、サッチャーさんが日本にやってきて英国産ウイスキーにかかる関税が高すぎると抗議したおかげで安くなったんです。その代わり日本車の関税も安くしたんでしょうけどね。それに連鎖してワインもほかのお酒もグッと税金が安くなったんです。

廣瀬 そうそう。その恩恵を受けて、ワインブームにも火がついたんですよ。

シマジ ですから呑兵衛はサッチャーさんに感謝しなければいけません。いまやヒースロー空港でシングルモルトを買ってくるよりも、並行輸入の信濃屋のほうが安いですからね。ですからあちらの業者も考えて、空港でしか買えない商品を売ったりしていますね。

廣瀬 中国人の爆買いも、日本で売っているフランスワインが安いから起こった現象だと思いますね。いまはだいたい日本並みになったようですが、2007年まで香港ではワインに40%の税金をかけていましたからね。

シマジ わたしがワインから足を洗ってもう10年くらい経ちますから、今日は廣瀬さんにワインの現状を伺いたいのですが、いまどういうことが起こっているんですか?

廣瀬 ワインの生産量では、いままではフランスが断トツだったのですが、去年、チリが抜きました。ただ金額ではまだフランスに負けていますけどね。

シマジ チリのワインか。モンテス・アルファっていうのがありましたよね。あれは安くてなかなか美味かった記憶があります。

廣瀬 いまでも人気があって売れていますよ。

シマジ あのころ廣瀬さんに教わったものね。チリの葡萄は、フィロキセラの病気でヨーロッパの葡萄が全滅する以前にフランスから移植された木なんですってね。

廣瀬 そうです。チリもアメリカもフィロキセラがなかったんです。ですからフランスの葡萄がやられたとき、アメリカから苗木を持って行ったんですよ。それでもう一度植えていまのフランスワインが蘇ったわけです。

シマジ ワインにとって重要なのは葡萄の木そのものではなく、やっぱり"約束の地"というべき土壌のテロワールなんですね。

廣瀬 シマジさんの仰る通りです。ほかの農作物と同じで、気候がよくて豊かな土壌があればいい葡萄が育つだろうと、みなさん思われるでしょうが、いいワインを作るためには肥沃な土壌ではダメなんです。むしろ苛酷な土壌でないといいワインは出来ません。

フランスやイタリアのグランヴァンは、乾いた石灰岩の土壌で育ちます。葡萄の木は地下約20メートル近くまで根を張らないと水にありつけない。冬は寒いし、夏の日照時間も少ない。世界中の作り手がみんな真似をするんですけど、フランスのグランヴァンのレベルにはなかなか到達出来ないんですね。

立木 でもアメリカのナパワインにはビックリするくらいのがあるじゃない。

シマジ わたしもむかしよくナパワインを飲みましたが、ボルドーやブルゴーニュの凄いやつと比べるとやっぱり何かがちがいます。

廣瀬 ナパは天候が良すぎるのでしょう。濃厚ですよね。フランスの例えばロマネ・コンティはいまでもトラクターで葡萄畑を耕すことはなく、馬で耕しているんですよ。名だたるグランヴァンはみんなそうしています。

シマジ 馬で耕すとトラクターのような重みが土地にかからないんですよね。

廣瀬 そうなんです。間引きのやり方も各作り手によってちがいます。そういった畑での細かい手入れが葡萄の味になります。大事なのは、人間がどう自然と向き合って畑仕事をするかです。

シマジ なるほどね。やっぱり酒ではいちばんワインが文化的なんでしょうね。

立木 シングルモルトに淫しているお前がそんなこといっていいのか?

廣瀬 ワインは4000年前から存在していましたが、シングルモルトはまだ数百年の歴史しかありません。だから、そういえるのでしょう。

シマジ 上質なワインが中国人の爆買いのために高騰して、わたしの財力では到底買えなくなってしまったのが、わたしがシングルモルトに傾倒していった大きな理由です。

立木 いま、日本のワインはどうなの?

廣瀬 かなりよくなってきていますね。とくに白ワインは世界的にも評価されはじめています。日本の酒といえば、シマジさんの大好きなウイスキーがフランスでも凄い人気なんですよ。

ぼくはしょっちゅう仕事でフランスに行きますが、とくにフランス人は日本のウイスキーが好きです。ワインの生産者が日本にやってくると「日本のウイスキーを買いたい。どこで買えるんだ」とよくいわれます。彼らの舌には、日本のウイスキーはスコッチに比べてまろやかに感じるようです。

シマジ なるほど。いまは樽が品薄で発売していませんが、サントリーの山崎ミズナラは最高でしょうね。まず口に入れて感じるのは白檀の香りで、アフターノートは桃の香りがします。山崎のミズナラはなかなか手に入りません。