Photo by iStock
ブルーバックス
私たちの「心」の理解は古代人と同レベル!? 脳科学の最前線
脳こそが人類最大のミステリー

頭の中にある“人類最大の謎”に挑む

ものごとを考え、記憶し、日々の出来事に感情を揺さぶられる……謎めいていた脳のはたらきが、明らかになりつつある。グリア細胞とニューロン、進化と可塑性、場所細胞と空間記憶、情動と消去学習、海馬と扁桃体とエングラムセオリー――頭の中には、さまざまな「つながり」があった!?

はじめに

人類は古代から、この世界がどのようにできているのか、考えを巡らせてきました。土や水や空気が何でできているのか。地球、月、そして太陽はどのように動いているのか。

こうした自然の事物を探究することによって、神の怒りと思われた稲妻が放電現象であることや、不吉な予兆と思われた日食が、月によって太陽が隠される現象であることが分かるなど、世界に対する見方を進歩させてきました。

では私たちは、私たちの住む世界のすべてを、こうした自然科学的な見方で理解できるようになったと言えるでしょうか?

現代に生きる私たちにとっての「世界」は、土、水、空気だけではありません。毎日、家族や友人と会話をしたり、スマートフォンやコンピューターを通してやりとりをします。良い音楽を聴いて感動したり、試合に負けて悔しがったりもします。そんな日常が私たちの暮らす世界です。

土や水、空気といった物質だけではなく、「情報」の世界でもあるのです。

そして、この情報社会は、人の心が生み出しているものに他ならず、その「心」を生み出しているのは、私たちの身体の一部である、「脳」なのです。

脳も物質である以上、自然科学の言葉で語ることができるはずです。すなわち脳科学とは、自然科学の研究手法を用いて脳を調べることによって、脳が生み出している私たちの心や社会を理解することを目指す学問なのです。

しかし、脳の理解は、簡単ではありません。身体の他の臓器とは異なり、脳の神経細胞は、その一つ一つがそれぞれ異なる働きをしています。そのため、心の働きを物質のレベルで理解しようとしたときには、脳全体に含まれる物質を調べただけでは、その働きを理解することはできません。どの分子が、いつどこで働いているのかを明らかにする必要があります。

そのためには、脳を「観る」ための高度な技術が欠かせません。そうした脳を観る技術が開発されるまで、脳は闇に包まれていました。近年になって、ようやく生きている動物の脳を細胞レベルで観察できるようになり、多くのことが分かってきましたが、生きている人の脳を細胞レベルで観察できる技術の開発は、これからの課題です。

ひょっとして、私たちの「心」についての理解は、今も、稲妻を神の怒りと思っていた古代人の自然についての理解とさほど違わないレベルかもしれません。

脳が行っている仕事は、外界や身体の状況を把握し、過去の記憶と照らし合わせて分析し、総合的に判断して身体を制御して行動を起こさせるための情報処理、すなわち「計算」をすることです。

ですから、脳を理解するには、脳の中の神経細胞やグリア細胞はどんなものなのか、それらがいかにして脳内のネットワークを作っているかを解明しなければなりません。そして、そのネットワークがどのような原理で情報処理を行っているかを研究することも大切です。

ただ、それだけでは足りません。私たちのこの脳の働きが、心や社会を生み出しているのですから、自然科学だけではなく、人文・社会科学の知識も総動員して、脳の働きを調べていく必要があるのです。

このように脳科学は、生物学・物理学・化学・数学・情報科学から人文・社会科学まで、あらゆる学問を総動員して進めていかなければならない分野であるため、学際的な研究体制が求められます。

1990年代に、こうした学際的な研究体制を整えるためには脳科学を一体として推進する必要がある、という動きがあり、脳科学の中核的研究施設が設置されることになりました。そうして1997年に、理化学研究所に脳科学総合研究センター(BSI:Brain Science Institute)ができたのです。

その後私たちは、さまざまな研究成果を挙げてきました。そしてこの度、創立20周年を機に、本書『つながる脳科学』を出版することとなりました。

この本では、現在の脳研究でどこまで脳のことが分かったのか、あるいはまだまだ分かっていないことについて、研究者たちがその最前線をお伝えしていきます。本書のテーマは「つながり」です。

先に書いたように、脳科学はあらゆる学問とのつながりが欠かせなくなっていますが、それだけではありません。研究が進んだことによって、さまざまな脳の部位ごとのつながり、その脳の各部位における細胞同士のつながり、さらには脳の機能が私たちの行動や感情とどうつながっているかなどが次第に明らかになりつつあるのです。

そして、脳科学の研究は、多くの人々を苦しめている精神神経疾患の原因を解明して診断法・治療法を開発することや、脳にヒントを得た新しい人工知能の開発など、多様な形で社会への貢献にもつながります。

扱うトピックは章ごとに分かれていますので、興味のあるところから読んでいただいて構いません。脳研究と一口に言ってもさまざまな専門に分かれますが、本書を読んでいただければ、各章で紹介する研究同士につながりがあることも実感いただけるはずです。

では、宇宙と並んで人類最大のミステリーである「脳」の世界へと、皆様をご案内しましょう。

理化学研究所脳科学総合研究センター
センター長 利根川進

理化学研究所 脳科学総合研究センター 編
1997年、理研和光地区に設置された脳科学研究機関。通称「BSI」(Brain Science Institute)。創立以来、国内外から研究者が結集し、世界をリードする脳研究の拠点となっている。工学、計算理論、心理学まで含めた学際的かつ融合的学問分野を背景に、研究対象は、脳内の分子構造と神経回路の解明、認知・記憶・学習のしくみの理解、脳回路の数学的理解、脳疾患の発症機序の解明等まで幅広くカバー。「心」を生み出す「脳」の解明を目指し、学際的かつ融合的な研究を推し進めている。
『つながる脳科学』
「心のしくみ」に迫る脳研究の最前線

理化学研究所 脳科学総合研究センター=編

発行年月日: 2016/11/20
ページ数: 324
シリーズ通巻番号: B1994

定価:本体  1160円(税別)

     ⇒本を購入する(Amazon)
     ⇒本を購入する(楽天)

(前書きおよび著者情報は初版刊行時点のものです)