ブルーバックス

世界中で最も読まれている「進化の教科書」は教科書らしからぬ面白さ

我々はどこから来て、どこへ向かうのか

ハーバード大学、プリンストン大学他全米200校を超える大学で採用されている進化の教科書の決定版がこのたび翻訳刊行された。訳者が明かす、その面白さのヒミツとは?

「教科書は薄ければ薄いほどよい」

本シリーズは、カール・ジンマーとダグラス・J・エムレンの著書『進化(Evolution)』の翻訳である。この本はアメリカの多くの大学で進化学の教科書として使用されており、内容には定評がある。

ところが読んでみると、いわゆる「教科書」のかたいイメージとはかけ離れた、とても読みやすくて楽しい本である。生き生きとしたイメージがわく具体的な例も頻繁に挿入されている。

多くの科学書を手がけてきたカール・ジンマーの面目躍如といったところだろう。またエムレンも、専門家以外の人々に科学を紹介することに積極的な研究者で、本書の親しみやすさに一役買っている。

しかし、この本のすばらしさは、「読みやすくて楽しい」ことだけではない。

こんな話がある。江戸時代に谷風と雷電という強い相撲取りがいた。谷風は色白のアンコ型で相撲がうまく、雷電は色黒で筋骨隆々とした力士だ。あるとき2人は米を潰して糊をつくる競争をすることになった。谷風はゆったりと落ち着いて、一粒一粒ていねいに指で潰していく。

ところが雷電は、米をぶちまけると大きなすりこぎで一気に潰し始めた。米はあっという間にどんどん潰れていき、誰の目にも雷電の勝ちはまちがいないと思われた。

ところが、ほとんどの米が潰れたところで、残りの米がなかなか潰れなくなった。怪力無双の雷電が顔を真っ赤にしてすりこぎを押しつけるのだが、どうしても潰れない米が残ってしまう。

そうこうしているうちに谷風はすべての米を潰してしまい、とうとう雷電は負けてしまった(ちなみに私は雷電が好きなので、このストーリーにはやや不満なのだが、まあそれはどうでもよい)。

教科書というものは、基本的には谷風式がよいだろう。くわしくて、正確で、これを1冊読めばその分野について確実な知識が得られるという本は、教科害の一つの理想だ。

実際にそういう教科書はある。たとえばヨーロッパでつくられた、ラテン語やギリシア語の古典的な教科書だ。その教科書を読めば、誰が書いた文章かさえわかるようになるらしい。

ところが量が多すぎて、大学の古典語の先生ですら読み上げた人はほとんどいないと聞く。

私は、高校生のころに「教科書は薄ければ薄いほどよい」とよくいわれた。受験勉強の場合は、時間が限られていることがふつうである。限られた時間である程度の成果を挙げるためには、雷電式も捨てがたい。

さっきの話でも、たとえば5分間とか時間を区切って勝負をしたら、雷電が谷風に勝ったかもしれない。

寝転がって気軽に読める

さて、本書は読みやすくて楽しい本である。こういう本はえてして雷電式の本になりがちだが、本書は谷風式の本である。

指で米を一つ一つ潰していくようなていねいな解説で進化が語られている。いろいろな大学で教科書として使われているのも、うなずける。しかもていねいだが、くどくはない。説明は簡潔で、こきみよいテンポで話が展開されていく。

ものごとを長々とむずかしく説明するには浅い知識で十分だが、簡潔にわかりやすく説明するためには深い知識が必要だ。本書はまさに後者を具現化した本と言っても過言ではないだろう。

本書の構成について述べておこう。

本書は3分冊になっており、1巻が「進化の歴史」(原書の chapter 3・13・14・17)、2巻が「進化の理論」(原書の chapter 6・7・8・11)、3巻が「系統樹や生態から見た進化(原書の chapter 4・9・10・15・16)」となっている(一般的な生物学あるいは応用的な話が多い chapter 1・2・5・12・18 は訳出していない)。

原書と本書では一部の章の順番が逆になっている。それは3分冊にするにあたって、近いテーマの章をまとめる必要があったからである。そのため、注などをつけて、読みにくくならないように配慮した。

本シリーズは夕イトルのとおり、生物の進化についての解説書である。進化がなぜ起きるのかについて、初めて科学的な説明をしたのがチャールズ・ダーウィンだった。今からおよそ160年前のことである。その後、遺伝のメカニズムが解明され、生態的な知識も大量に蓄積され、新しい化石も発見された。

したがって、現在、進化について包括的な理解を得るためには、かなり厚い本を読まなくてはならない。これはしかたのないことだが、当然本は重くなる。机に置かなくては読むことはむずかしい。

しかし多くの人は、机に座ってゆっくり本を読める時間はないかもしれない。ひょっとしたら、そんな忙しい人でも、電車の中や寝転がってなら、本を読む時間があるかもしれない。そのような思いもあり、本書は3冊の新書として翻訳させていただいた。

机の前で姿勢を正して読む人も、寝転がって気軽に読む人も、本書によって興味深い進化の世界を旅することができるだろう。

本書の翻訳には、総合研究大学院大学の長谷川眞理子博士の翻訳を一部参考にさせていただきました。また、講談社の小澤久氏をはじめ、多くの方々のお世話になりました。それらの方々にお礼を申し上げます。

著者 Carl Zimmer(カール・ジンマー)
イェール大学卒業。アメリカでもっとも人気のあるサイエンスライターの一人で、イェール大学講師も務める。ニューヨークタイムズ紙、ナショナルジオグラフィック誌、サイエンティフィックアメリカン誌などに頻繁に寄稿し、いくつもの賞を受けている。著書も多く、『水辺で起きた大進化』、『大腸菌』、『パラサイト・レックス』など邦訳も多数出版されている。

著者 Douglas J. Emlen(ダグラス・J・エムレン)
プリンストン大学でPh.D.を取得後、デューク大学を経て、現モンタナ大学教授。動物の発生の進化を研究している。若手科学技術者大統領賞をホワイトハウスから送られたほか、いくつもの賞を受賞している。一方、科学の宣伝活動にも積極的で、ニューヨークタイムズ紙やラジオを通じて、科学の情報を発信し続けている。

訳者 更科功(さらしな・いさお)
東京大学大学院理学系研究科博士課程修了、博士(理学)。専門は分子古生物学。著書に『化石の分子生物学』(講談社現代新書、講談社科学出版賞受賞)、『宇宙からいかにヒトは生まれたか』(新潮選書)など。現在、東京大学総合研究博物館研究事業協力者、明治大学・立教大学兼任講師、早稲田大学・東京学芸大学・文教大学非常勤講師。

訳者 石川牧子(いしかわ・まきこ)
東京大学大学院理学系研究科博士課程修了、博士(理学)。研究分野は海洋無脊椎動物の進化、生態、古生物学。日本学術振興会特別研究員などを経て、現在、ヤマザキ学園大学動物看護学部准教授。

訳者 国友良樹(くにとも・よしき)
筑波大学生命環境科学研究科卒業、同大学院博士課程を単位取得退学。専攻は地史・古生物学。現在は出版関係の企業に勤務。
『カラー図解 進化の教科書 第1巻』
進化の歴史

カール・ジンマー=著
ダグラス・J・エムレン=著
更科功=訳
石川牧子=訳
国友良樹=訳

発行年月日: 2016/11/20
ページ数: 352
シリーズ通巻番号: B1990

定価:本体  1680円(税別)

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(前書きおよび著者情報は初版刊行時点のものです)