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性犯罪は死刑、観光客も禁酒!? インドネシアを襲う「イスラム化」の波
ジョコウィ大統領の舵取りや如何に

世界で4番目の人口(2億5000万人)を擁し、その88%がイスラム教徒と、世界で最も多くのイスラム教徒が住む東南アジア諸国連合(ASEAN)の大国、インドネシア。ここに今、「イスラム化」の波が押し寄せ、国全体が静かに、しかし確実に揺れている。

インドネシアは元来、イスラム教を国教としない世俗主義を採用、250以上の言語、約300の民族が暮らし、少数ながらキリスト教、仏教、ヒンズー教なども認める多言語、多民族、多宗教、多文化国家である。建国時、多種多様な人々を一つの国としてまとめるために国是として掲げられたのは「多様性の中の統一」だった。

しかし今、その多様性、特に宗教に根差す価値観が見直されようとしている。モラル、道徳、生活規範に、イスラム教の教義に基づく価値観が色濃く投影されようとしているのだ。

今回は、インドネシアが直面する統一国家としてのアイデンティティーの危機を、最近の出来事から読み解き、この先どこへ向かおうとしているのかを考えてみたい。

 

「クルアーン侮辱」が大規模デモへ

11月4日金曜日、インドネシアの首都ジャカルタ中心部は金曜礼拝を終えたイスラム教徒による大規模デモの群衆で埋め尽くされた。その数、約15万人。人々は「知事は辞任しろ」「知事を逮捕せよ」などと書かれたプラカードを掲げ、口々にそれを叫びながら大統領官邸周辺でデモ行進を続けた。

〔PHOTO〕gettyimages

このデモは、ジャカルタ特別州のバスキ・チャハヤ・プルナマ(通称アホック)知事の辞任を求めるものだった。アホック知事は来年2月15日に投開票される知事選挙に立候補、再選を目指している。

アホック知事は9月27日に行った演説で「ユダヤ教徒とキリスト教徒を仲間としてはならない」とするイスラム教の聖典「クルアーン」の一節(第5章第51節)に触れて、「クルアーンの一節を悪用した奴に惑わされているから、あなたたちは私に投票できない」と述べた。これがイスラム教団体などから「クルアーン、イスラム教徒を侮辱した」として激しい反発を受けたのだ。

知事の発言にイスラム強硬派組織の「イスラム擁護戦線(FPI)」が素早く反応して、「知事の即刻辞任」を求める大規模な集会とデモを計画。それが4日の騒動へとつながったのだった。

デモは同日夜になって一部参加者が暴徒化し、警戒に当たっていた警察治安部隊と激しく衝突、車両への放火、投石の応酬、催涙弾の発射となり双方で約250人が負傷、直接的な因果関係があるかどうかは不明だが、参加者1人が心臓マヒで死亡したとされている。

〔PHOTO〕gettyimages

「多様性の中の統一」と「SARA」

「多様性の中の統一」が国是のインドネシアには「SARA(サラ)」という言葉がある。日本人にはあまり知られていないが、インドネシア、あるいはインドネシア人を理解するには不可欠の概念である。

「suku(民族)」「agama(宗教)」「ras(人種)」「antargolongan(階層)」の頭文字をとった言葉で、この4つが関連する事案、問題に対しては、インドネシア人はもちろん滞在する外国人も特に神経を使う必要があるというものだ。

アホック知事に対する反発の背景にもこのSARAが関係しているとの見方がある。だからこそインドネシア人の間にまたたく間に広がり、大規模なデモや暴動に結びついたともいわれている。宗教と人種、さらに階層もが絡む実にセンシティブで微妙な問題となったのだ。

SARAは前述のように、「触れてはならないタブー」「踏み込むことを躊躇する禁忌」ともとらえられており、つまりそれは裏を返せばこれに踏み込むと強烈な反発、批判、そして攻撃を覚悟しなければならないということでもある。

アホック知事はプロテスタントで、中国系インドネシア人(華僑系)であり、スマトラのブリトゥン島という地方小都市の出身である。その彼が他民族、他宗教、他の社会階層に触れる発言をしたために、イスラム強硬派などを巻き込んだ「反アホック運動」の拡大を招いてしまったのだった。

〔PHOTO〕gettyimages

つまり、知事のイスラム聖典批判をSARAと関連付けたことで、国民が一気に「アホックを逮捕しろ」「知事を辞任しろ」と燃え上がってしまったというのだ。

イスラム教を国教とするイスラム教国ではなく、キリスト教や仏教など他の宗教も認める世俗国家であるインドネシアだが、国民の約88%という圧倒的多数を占めるイスラム教徒の力は、社会のあらゆる分野でやはり相当のウェイトを占めているのが現実なのだ。