野球 週刊現代

プロ野球史上最強のリリーフエースは誰だ?

福本豊と山﨑武司が勝手にランキング

世界の盗塁王・福本豊さんと二度のホームラン王に輝いた山﨑武司さんが、記憶と記録に残る「リリーフエース」ベスト10を選ぶ。

大谷よりも速球のストッパー

福本豊 「最多セーブ」のタイトルが制定されたのは'74年やけど、ストッパーの地位を確立したのは、やはり江夏豊(広島)やろうな。

山﨑武司 '79年日本シリーズの「江夏の21球」も印象深いですし、'77年からの6年間で、セ・パ両リーグで5度の「最優秀救援投手」を獲得しています。

福本 先発時代より球速はなくなっていたけど、真っ直ぐとカーブのコンビネーション、抜群のコントロールによる球の出し入れだけで、だいぶやられたね。ファールで粘ってフォアボールで出たら、「もうけた」いう感じやったもん。

山﨑 往年の名ストッパーがどんなだったかは興味があります。山口高志(阪急)さんの球はすごく速かったそうですね。

福本 みな、よう「160㎞/h近く出ていた」と言うように、相当速かった。ノムさん(野村克也)は「大谷(翔平)より速い」言うてるしね。

投げ方も、腕がパッと出て「ボーン」という感じで球がくるからタイミングも取りづらい。センターから見ていて、バッターがみな高いボール球を振らされていた。

でも荒れ球で、2ストライクになってもボール、ボール、ボールってフルカウント。「なんで、はよ終わらんねん」って、いつもハラハラしとった。

山﨑 でも、最後は抑える。江夏さんの投球術は別格として、ストッパーの第一条件は空振りを取れることですから、やっぱり速い球を投げられることが求められますよね。

 

津田が出てきたら「はい、終わり」

福本 今度中日の監督に就任した森繁和も現役時代はパワーピッチャーやった。変化球は縦のスライダーくらいしかなかったけど、リリーフで出てくると真っ直ぐでドンドン押してきた。

山﨑 速い球がなくて成功した珍しいパターンは、高津臣吾(ヤクルト)くらいじゃないですか。彼にはシンカーという決め球があったけど、速球がなかったので、僕はそれほど嫌じゃなかった。

福本 あとは南海の金城基泰。あのアンダースローは苦手やったな。なかなかボールを放さんし、ボールが下から浮き上がってくるように見えて打ちづらかった。

球速で言うたら高志が一番速かったと思うけど、津田恒実(広島)も忘れられない。「ツネゴン、ツネゴン」言うて、気持ちええくらいガンガン攻めてくる。あない投げっぷりがいいピッチャーは、おらんのちゃうかな。

山﨑 体全体で投げていましたよね。若いときは「これは当たんねぇな」って、あの速さに圧倒されていました。

福本 津田が出てきたら、「はい、今日は終わり」という空気になっとったな。でも'89年に最優秀救援のタイトルを取ったその翌々年に脳腫瘍が発見され、32歳の若さで亡くなってしもた……。

山﨑 もしご存命ならもっと記録を伸ばしたでしょう。

中日で一緒にやった宣銅烈も速い球を投げ込んでいましたけど、全然クイックができなかった。だからランナーが出るとリズムが崩れるんです。意外とクイックがヘタなストッパーっていましたよね。

福本 江夏もあんまりうまくなかったな。逆に盗塁しづらかったのは「初代最多セーブ王」の佐藤道郎(南海)。小さなモーションでクイックが抜群にうまかった。投げ方も工夫していて、速いモーションで緩い球を投げてきたかと思えば、ゆっくりしたモーションで速い球を投げてくる。最初のころは、その見極めができなくてよう騙されたよ。

山﨑 僕は若手の頃、大野豊(広島)さんに簡単にひねられました。投げ方が独特で、下半身の粘りがあって、こっちが先に体を前に出されてしまう。しかも球が速い上に変化球も多彩。カーブ、スライダー、シュート、フォーク……ともう遊ばれていました。