選挙 週刊現代 アメリカ

トランプはなぜこんなにしぶといのか?この男、タダでは転ばない

リレー読書日記

名声も醜聞もすべてプラスに

11月8日、アメリカ大統領選挙が行われる。1980年のレーガン対カーターの戦い以来、私は新聞のスクラップを続けてきたが、今回の主役は良きにつけ悪しきにつけ、ドナルド・トランプだった。

選挙戦終盤になって、トランプはタイムリー・エラーを重ねたが、なぜ、こうも脇が甘いのか不思議でならなかった。

ワシントン・ポスト取材班が総力を挙げて発表した『トランプ』を読むと、トランプの発言が緩い理由がハッキリ分かる。

トランプには「不動産王」や「カジノ王」というイメージがあるが、すべてが成功しているわけではない。むしろカジノなど惨憺たる有様だ。

私生活もトラブルまみれ。離婚劇は常にタブロイド紙を賑わせ、トランプはマスコミの餌食となる(なんと偽名を使って新聞社に情報をリークしていた!)。トランプはマスコミに取り上げられることを嬉々として楽しんでいた。名声も醜聞もプラスになる。それがトランプ流の発想なのだ。

 

はったりだけは強いトランプの人生の転換点となったのは、2004年に放送された「アプレンティス」というリアリティ・ショウのホストになったことだ。

この番組は一般の視聴者がマーケティングの課題に取り組み、最後に勝ち残ったひとりがトランプの会社に職を得る。

アメリカで評判になり、私はDVDを購入したが、たしかにトランプのホスト役は誠に堂に入っていた。番組の最後、トランプは脱落する参加者にこう告げる。「お前はクビだ!」(“You are fired!”)。

これがウケた。それからトランプは自信を持ち、歯に衣着せぬ物言いで共和党大統領候補にまでなったわけである。大統領選挙では敗色濃厚だが、この本を読むと、負けたとしてもただでは転ばないことが予想できる。この男、相当しぶとい。

「レイプの街」の不都合な真実

昨今の大統領選挙は、民主党有利な州と、共和党有利な州にハッキリ分かれるが、モンタナ州は典型的な「レッド・ステート」、共和党の地盤である。しかし、この州の一部の地域だけ民主党支持者が多い。モンタナ大学がある町、ミズーラだ。

大学町とあってインテリが多く住んでいるからだが、このミズーラは'12年頃、新聞の見出しに「レイプの首都」と打たれたことがあった。モンタナ大学のアメリカンフットボール部の選手たちが相次いでレイプの加害者として訴えられたのである。

その名も『ミズーラ』と題されたジョン・クラカワーの作品は(彼の作品ではエベレスト登頂の悲劇を書いた『空へ』が印象深い)、婦女暴行事件をセンセーショナルに扱うのではなく、複数の事件の取材を通し、丹念に問題点を洗い出す。

まず、どういった状況でレイプが起きるのか(被害の80%が知り合いからの暴行)。勇気を持って訴え出た女性に対しては「望まぬ注目」が集まり、事件が法廷に持ち込まれれば、被害者たちはSNSなど、新たな敵と戦わなければならない。

ミズーラの問題は、アメフトが町の象徴であることから、選手を守る気運が強いことだ。スター選手の裁判では強力な弁護団が形成され、法廷では被害者女性が容赦ない質問に晒される。この町の裁判は「茶番」だ。

クラカワーの筆致からは「静かな怒り」がひしひしと伝わってくる。加害者側には手厚い人権配慮がなされるが、被害者女性は既に深い傷を負っているのに、様々な面でのケアが不足している。

本書はレイプ場面の描写が詳細で、読んでいて辛くなりそうだが、頁を繰る手を止めることが出来ない。それはクラカワーが稀代のストーリーテラーであるとともに、翻訳者の手柄だと思う。久しぶりに読んだ力強いノンフィクションである。

学生運動がクリエイターに与えた影響

重たい本を読んだので、気分転換に笠井潔と押井守の対談集、『創造元年1968』を手に取った。学生運動がクリエイターたちに与えた影響を常々知りたかったからだ。

「へえ、そうなのか」と唸ったのは、活動に邁進した学生に2タイプあること。ひとつは「田舎の高校の優等生タイプ」。地方進学校で日教組系の社会科教師に気に入られ、都会で左傾化して角材を振り回すようになった。当時、中核派に多かったという(首都圏で育ったふたりは、このタイプに対し冷ややかである)。

もう一方はユースカルチャーで育った都会派風俗少年たちが左傾化したもので、両氏はこちらのタイプ。ブントや解放派に多かったという。

最も印象深かったのは、ふたりの「破壊願望」だ。笠井氏はいう。'67年10月8日に起きた「第一次羽田闘争」を経験し、「これで時代は変わると思った。欺瞞的な『平和と繁栄』の戦後社会を、もう一度廃墟に変えて再生するためのチャンスが到来したんだと」。

高校生の押井氏は中大の屋上で学生の言葉を聞く。「来年、東京中が見渡すかぎり火の海になるんだ」。押井氏はその言葉に興奮し、「『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』は高校時代の願望そのもの(笑)」と語る。

現在、彼らは60代になっても願望を抱えたままだ。クリエイターの「性」がそこに見える。

週刊現代』2016年11月19日号より