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詩人・水無田気流さんが選ぶ「手に取ってほしい詩集」10選
言葉の力に心揺さぶられて

中原中也の詩に影響を受けた

詩を少しでも読んでいただきたいという気持ちから、できるだけ良さのわかりやすい詩集を選びました。1位は迷いなく中原中也です。私が最初に買った詩集が中也であり、ものを書くきっかけを与えてくれたのは中原中也賞。中也には特別な思いがあります。

中也というと、一般には短い詩の評価が高いですが、私が好きなのは、「曇つた秋」という比較的長い詩です。長いからこそ、中也本来のリズムが出ているような気がするんですね。リフレインする箇所には、ランボーらダダイズムの影響が感じられますが、内容は日本的な抒情です。

モダニズム詩人の多くが、日本人が古来より愛してきた花鳥風月に背を向けた一方で、中也はそうしなかった。日本の詩は、現在のJポップでも自然を歌いますよね。恋の花が咲き乱れたり、強い風が吹き抜けたり、恋人と同じ月を見上げたり。中也もまた自然をうたう人だったから、広く受け入れられたのだと思います。

2位は敬愛する伊藤比呂美さん。『河原荒草』は、一時期、詩を離れていた伊藤さんが現代詩にカムバックした第一作。獰猛で力強く、エロティックな“伊藤節”が戻ってきたと、ぞくぞくしました。

詩集のモチーフになっているのは、アメリカの帰化植物です。私は伊藤さんのカリフォルニアのご自宅に遊びに行ったことがあるんです。谷川俊太郎さんも泊まられたという部屋に泊めていただき、犬の散歩にご一緒して帰化植物を見ました。

どれも平均1~2mくらいと大きく、生命力に溢れている。広い道路を車が行き交い、多様な人種が交差する街で、伊藤さんはこうしたパワーを浴びて詩に帰ってきたんだと実感しましたね。

 

男性にこそ読んでほしい詩

その伊藤さんが編まれた石垣りんの詩集を、3位に選んでいます。

私が好きなのは「公共」です。〈タダでゆけるひとりになれる ノゾミが果たされる〉と始まる詩でうたわれているのは公衆トイレ。石垣りんは、高等小学校を出てから定年退職するまで銀行に勤め、家族の生活を支え続けた人です。

幼い頃に実母を亡くし、その後、3回再婚した父、弟や妹、義母らの世話をしながら、家でも職場でも働きっぱなしだった。そういう生活から生まれた、「休む場所はトイレだけ」という凄まじい詩。にもかかわらず、悲惨さはなく、生きるという営みがうたわれていると思います。

石垣りんと並び立つ同時代の女性詩人が茨木のり子です。「倚りかからず」や「わたしが一番きれいだったとき」などの有名な詩がある中で、私の好きな詩が多い『人名詩集』を選びました。

特にいいなと思うのは〈女たちは本音を折りたたむ〉という一節が出てくる「王様の耳」です。彼女は敗戦時に19歳、男性の前で女性はほとんどものを言えない世代でした。時代は変わりましたが、この国が言葉より以前に圧殺していくものに対して切々とうたわれているこの詩は、いま読んでも強く訴えかけてくるものがあります。

吉野弘とタゴールは、どちらも子供の詩が多くて好きですね。

吉野弘に「奈々子に」という詩があります。

〈お前にあげたいものは 香りのよい健康と かちとるにむづかしく はぐくむにむづかしい 自分を愛する心だ〉(一部)

難解な現代詩が多い中、吉野弘の詩はわかりやすく朗々としている。そして彼の詩に私は、「父親の持ちうる母性」を感じるんですね。

彼のうたう父は、裁く神である西洋的な父とは対極にいる、東洋的なやさしい父。強く立派な父親にならなければという気負いみたいなものから自由なのです。こういう男性像を日本人が持つことはとてもいいことだと思っていて。だからぜひ、多くの男性に吉野弘の詩を読んでいただきたいと思います。

タゴールの詩は格言的で読みやすいんです。一つ挙げるなら、『迷い鳥』に収められている次の詩(77番)です。

〈こどもは誰でも、ことづてをたずさえて生まれてくる、神はまだ人間に失望していないということづてを〉

子供への視線に心打たれると同時に、少子化が進む日本は神に見捨てられているのだろうか、という気持ちにもなります。

最後の『リバーズ・エッジ』だけ詩集ではありません。が、終盤に引用されているウィリアム・ギブスンの詩と物語が見事にシンクロしていて、私にとっては詩集のようなもの。

ギブスンの〈in the flat field〉を〈平坦な戦場〉と訳した黒丸尚さんの水分の多い訳が効いていますね。まさに平坦な戦場を生き抜くための力が、詩にはあります。(構成/砂田明子)

▼最近の一冊

『怪物君』/吉増剛造著「収められているのは東日本大震災後、5年にわたって創られた作品です。吉増さんの詩は、ぜひ一度朗読を聴きにいっていただきたい。読むだけではわかりにくい句読点や空白までもが詩であることが、伝わってきます」