奇妙な失言にブラック告発…山本大臣はTPPの「生け贄」にされた?
元議員秘書が教える「永田町の読み方」
茱萸坂 重信

なぜこのタイミングだったのか?

無論、それでいいのだと言うつもりは毛頭ない。むしろその逆で、昨今「ブラック労働の防止策」が議論され、霞が関の長時間勤務を憂慮する声もあがっており、「立法を担う永田町こそ、このままでいいのか」という疑問は真剣に議論されなければならないだろう。

一方で、「政治の世界ではよくある話が、なぜいま、出てきたのか」という点にも気持ちが向く。永田町で見聞する実情を踏まえると、山本有二事務所の話はいかにも、とってつけたような話と感じてしまう。もちろん現役閣僚であり、しかもTPP論戦の渦中にある農水大臣の事務所の話ということで、ニュースバリューがあると判断され、掲載されたのだろう。しかし、永田町の文脈に照らすと、別の理由も透けて見える気がする。

冒頭で述べた通り、臨時国会でのTPP審議は、安倍政権にとって最重要課題の一つである。焦点は、TPP関連法案の採決だ。野党4党が反対している以上、最終的には「強行採決」とならざるを得ない。このことは相当早い段階から当然、予想されてきたことだ。

そして強行採決をする場合、伝統的に繰り返されてきたのが、野党による「不信任案」の提出だ。内閣そのものに対する衆議院の不信任決議案(憲法69条)の他に、担当大臣の不信任決議(衆議院)と問責決議(参議院)がある。

問責を出されたら、安倍政権としても野党に対してなんらかの譲歩をせざるをえない。そのとき、TPP関連法案の強行採決の「落としどころ」として、担当大臣の「首」を差し出す構えを見せることは、国対政治的には理にかなうのだ。

審議を混乱させたということで担当大臣が辞任すれば、あるいは辞任がないとしても、野党が閣僚の不信任案を提出すれば、野党も支持層に向けて顔が立つ。

山本大臣は「生け贄」だったのか?

今回のTPP審議を担っている大臣は、従来からの流れで石原伸晃国務大臣、主戦場である農水分野は山本有二農水大臣だ。ふたりとも安倍総理の「お友達」として知られている。

8月3日の内閣改造では、石原大臣の留任は規定路線として受け止められた。凋落著しいとはいえ、自民党内の一大派閥である石原派を取り込むには、石原氏自身を抱え込むのが一番だからだ。

これに対して、山本有二氏の入閣は驚きを与えた。山本氏は、安倍総理のライバル石破茂氏の率いる「水月会」の重鎮だ。閣外に去ろうとする石破氏に、安倍総理は農水大臣のポストを提示したと言われている。それを蹴った石破氏に冷水を浴びせるかのように、派閥の重鎮に同じポストを提示し、一本釣りしたのだ。

いずれ「嵐が来る」ことが明白なTPP審議の担当に石原伸晃氏、山本有二氏という「お友達」をあてた———。もし、この時点で安倍総理の狙いが、お友達を起用してあげるという義理人情だけではなく、来るべきTPP審議の強行採決の際に、どちらかの大臣の首を差し出しても構わない、ということを含んでいたとしたら……その人事術は凄みすら感じさせる。

安倍総理は、2018年9月に2期目の任期が切れるが、自民党総裁任期を3期9年に延長する党則改正で、2021年9月までの続投が現実のものになってきた。大叔父にあたる佐藤栄作元首相の最長在任記録7年8か月を超える可能性が出てきたのだ。超長期政権を支えるのは、一にも二にも、人事術だ。

山本大臣の放言が実は計算尽くで、辞任に向けた「地ならし」だったと考えるのは、いささかうがち過ぎだろう。元秘書の告発も、「偶発的なもの」と考えるほうが自然だ。しかし、この告発が「大臣の辞任やむなし」という空気の醸成に一役買っていることは間違いない。

知略張り巡らされる永田町。失言とブラック告発が、このタイミングでさりげなく出てきたことの意味をしみじみと考える秋の夜長としたい。