許永中からもらった「ロマネ・コンティ1928年」に酔いしれた夜

島地勝彦×廣瀬恭久【第2回】

撮影:立木義浩

第1回【 親分と食べた「日本一の煮込み」

廣瀬 あれ、あそこに架かっている額縁のなかのエチケットはもしかすると例の1928年のロマネ・コンティのエチケットですか?

シマジ そうです。わたしがいままでで唯一「このエチケットを剥がしてわたしにください」と廣瀬さんにお願いした、古い古いロマネ・コンティですよ。

廣瀬 あれを飲んだのは、たしか1988年ごろですから、60年もののロマネ・コンティだったんですね。でもまだ活き活きしていたのを覚えています。

シマジ 人間は旅をしないと大人になれませんが、ワインは旅するとあっという間に劣化してしまいます。あの一本はロマネ・コンティのシャトーから直接仕入れたものだったから、すばらしい味を保っていたのでしょう。

立木 シマジ、おれに黙ってそんないい思いをしていたのか。許せん。もうおれはこれで帰るぞ。

シマジ タッチャン、そんなに怒らないでください。これには深い深いワケがあるんです。ねえ、廣瀬さん。

ヒノ でもロマネ・コンティ1928年を飲んだのは事実ですよね。

シマジ ヒノ、お前までタッチャンを煽るようなことをいうんじゃない。

廣瀬 たしかに1928年のロマネ・コンティを飲んだのは事実ですが、それには本当に面白い物語があるんですよ。これはシマジさんから聞いたほうがいいでしょうね。

シマジ ヒノ、あの額縁を外してきてくれないか。

ヒノ はい、これですね。1928年という数字はどこに書いてあるんですか?

シマジ そのころはロマネ・コンティといえどもヴィンテージをスタンプで押していたようで、われわれが飲んだときははっきり1928年という文字がみえたんですが、いまは薄くて判読するのは困難だね。

ヒノ どうしてそんな古いロマネ・コンティを飲むに至ったのか、正直にいわないと立木先生はホントに帰ってしまうかもしれませんよ。

シマジ そんなに煽るんじゃない。ところで、廣瀬さんがこれまでに飲んだワインのなかで、いちばん古いヴィンテージは何年ものですか?

廣瀬 いちばん古いのは、1880年ですね。たしかラトゥールかピション・ラランドだったと記憶しています。現地のシャトーで飲みました。

シマジ わたしが飲んだなかでは、この1928年のロマネ・コンティがいちばん古いワインです。

立木 周辺の話はいいから、どこでどうして誰と、このオールドヴィンテージを飲んだのか、早く白状しろ。

シマジ わかりました。ではお話しましょう。まだバブル全盛のころだったと思います。政治ものを得意とするジャーナリスト歳川隆雄さんが、当時朝日新聞社が発行していた『月刊Asahi』の取材で、謎のバブル紳士、許永中をインタビューしに行ったんです。

巨漢の許永中はみるからに怖い男で、強烈な威圧感があったんでしょう。インタビューがはじまりしばらくすると、しじまが流れた。ちょっとビビった歳川さんは、許永中の後ろに沢山のワインが林立しているのを眺めながら、恐る恐る口を切ったそうです。

「じつは集英社にわたしと親しい島地勝彦という編集長がいるんですが、ワインに病膏肓になり、ソムリエスクールまで卒業した男でしてね・・・」

すると許永中が後ろに手をやってワインを一本掴むと、スーパーマーケットの紙袋に無造作に入れて、「じゃあ、その編集長にこのワインを持って行ってやってくれ」といった。歳川さんは翌日、それを大事に抱えてわたしの元へ持参してくれたんです。

いまではよく「文藝春秋」の巻頭エッセイにワインのことを書いていますが、そのころの歳川さんはまったくワインに興味がなく、これはかなり高いワインだろうな、くらいの認識しかなかったようです。とはいえお酒は好きだったので、目を輝かせながら、「飲むときはわたしを同席させてください」といいました。

当然のことですが、まずわたしは某お酒メーカーに訊きました。「いまここに1928年のロマネ・コンティがあるんだが、どれくらいの値段がするもんですか?」と。すると「もしそれを売ってくださるなら、即金250万円で引き取りましょう」というではないですか。

ますます飲みたくなったわたしは、それを廣瀬さんが経営していた広尾のレストラン「エノテカ」に持ち込みました。廣瀬さんは目を丸くしてこういいました。

「これはもの凄いロマネ・コンティです。許永中はロマネ・コンティのコレクターとして世界的に有名な人ですよ。それに彼はDRC社からじかに送ってもらっているという話ですから、状態もいいはずです。でも、かなり古いものですし、大阪から東京まで動かされましたから、1週間ぐらいうちのカーヴで休ませてから飲んだほうがいいでしょうね。何人で飲む予定ですか?」

わたしはそのとき4人の名前を挙げました。まずは廣瀬さんとわたし。それに歳川さんと飛鳥新社の土井社長の4名です。

1週間後、4人は定刻7時に集まりました。すでに問題のロマネ・コンティがテーブルに鎮座していましたが、その前には廣瀬さんの計らいで、ロマネ・サン・ヴィヴァンやラターシェなどが3本用意してありました。

立木 なになに、ロマネ・サン・ヴィヴァン? ラターシェ? もう許せん!

ヒノ まあまあ立木先生、シマジさんの話を最後まで聞きましょう。

立木 わかった、そうするか。

シマジ 歳川さんはそのころまだワインを飲み慣れていなかったんでしょう。あるいは前の晩、徹夜で原稿を書いていたかもしれません。しばらくすると大きないびきをかいて眠ってしまったんです。

立木 じゃあ歳川さんはロマネ・コンティを飲まずじまいだったのか?