ももいろクローバーZ〔PHOTO〕gettyimages
エンタメ メディア・マスコミ

なぜアイドルの「寿命」は2010年代に入って劇的に伸びたのか

「ヒットの方程式」が変わった

CDが売れなくとも、アーティストが生き残れるようになった10年代。一過性のブームが多発した90年代までの「常識」はもはや過去のものになった。では、なぜこうした状況が生まれることになったのか? バンドのみならず、アイドルまでもが長生きできるようになった理由とは? 話題の新刊『ヒットの崩壊』から特別公開!

終わらなかった「アイドル戦国時代」

バンドやミュージシャンだけではない。アイドルグループも「長く続けられるもの」になってきている。

かつては全くそんなことはなかった。たとえば、秋元康のプロデュースにより1985年にデビューした「おニャン子クラブ」は、彼女たちを生み出した番組『夕やけニャンニャン』の終了と共にわずか2年半で解散。1987年にデビューし社会現象的な人気を築き上げた光GENJIも、90年代に入るとブームは沈静化、大きく人気を落としている。

アイドルグループの「寿命」は数年。それが90年代までの常識だった。

しかし、10年代のアイドルシーンはかなり様相が違うものになっている。

嵐やPerfumeは、デビューから10年以上のキャリアを経て、今なお第一線で活躍を続けている。

Perfume / MTV Video Music Japan 2012〔PHOTO〕gettyimages

モーニング娘。やAKB48などのように「○期生」のような形でメンバーの加入と卒業を繰り返し、メンバー編成を新陳代謝していくことで存続していくアイドルグループの存在も当たり前になった。

10年代前半は、「アイドル戦国時代」という言葉がメディアを賑わせることも多かった。AKB48、ももいろクローバーZがブレイクし、女性アイドルグループの市場は一気に拡大した。

ただ、その一方で、80年代のアイドルブームの熱狂と終焉を知る多くの関係者は「このブームは長く続かない」と考えていた。

しかし、そうはならなかった。

 

2011年に刊行され「アイドル戦国時代」という言葉をいち早く広めた岡島紳士+岡田康宏『グループアイドル進化論─「アイドル戦国時代」がやってきた!』(毎日コミュニケーションズ)には、2010年に「史上初のアイドル音楽フェス」としてTOKYO IDOL FESTIVAL(以下TIF)を立ち上げた当時の総合プロデューサー・門澤清太(フジテレビ)のインタビューが掲載されている。

─2011年に2回目の開催の可能性は?
 他の音楽フェスと違って、アイドルはたった3カ月先にどうなっているか分からないものなんですよね。例えばフジロックなら開催中に翌年のブッキングをする、ということがあるようですけど、アイドルではそれはできない。だって半年で解散しちゃうことなんてざらですから。(岡島紳士+岡田康宏『グループアイドル進化論』毎日コミュニケーションズ)

2010年時点のアイドルは「たった3カ月先にどうなっているか分からない」ものだった。しかし状況は変わった。出演アイドル45組、観客5000人でスタートしたTIFは、年々その規模を増し、2016年には301組のアイドルが出演し7万5000人以上が集まる巨大イベントに成長した。

「ここ数年で、アイドルがブームではなく文化として受け入れられる素地ができた」

2014年に雑誌『AERA』のアイドル特集での筆者の取材に対し、門澤はこう語っている。

「アイドル戦国時代」は、単なるブームには終わらなかった。トレンドとして消費されてしまうのではなく、日本のポップ・カルチャーの一角として、きっちりと根付いてきた。

それは、10年代のアイドルシーンの移り変わりを見ていての筆者の正直な実感でもある。