野球
「オイ、工藤なめんなよ」工藤監督と達川ヘッドの"30年前の因縁"
互いの実力を認め合うふたり

日本シリーズが終わった翌々日、福岡ソフトバンクホークスは達川光男ヘッドコーチの就任を発表しました。達川さんは95年、ソフトバンクの前身のダイエーでもバッテリーコーチを務めていたことがあるため、21年ぶりの復帰となります。

達川節は入団会見の場で、いきなり炸裂しました。

「(工藤公康監督への)初めての言葉は“オイ、工藤なめんなよ”だったのですが2度と言いません」

話は今から30年前に遡ります。1986年の日本シリーズは西武と広島の間で行われました。

広島が3勝1分と王手をかけて迎えた第5戦、延長12回表のことです。スコアは1対1。二死無走者の場面で打席に立った達川さんは、西武2番手の工藤さんから死球をぶつけられました。工藤さんはすぐさま8つ年上の先輩に帽子をとって謝りましたが、達川さんは「狙われた」と思ったそうです。

裏目に出た内角攻め

「工藤にね、“オマエ、次、打席回ってくるときは気をつけろよ”と言うたんです」

その裏、西武は一死二塁とサヨナラのチャンスをつくります。ここで打席に立ったのが工藤さんでした。広島のマウンドにはクローザーの津田恒美さん。普通に考えれば、工藤さんにチャンスはありません。

「工藤をやっつけないかんと思うてインコースに投げさせた。ところが……」

 

工藤さんもしたたかです。カウント0-1からの内角ストレートを、本人いわく「1、2、3のタイミング」で振り抜きました。

打球がライト線に転がるうちに2塁ランナーの辻発彦さんがホームイン。工藤さんは劇的なサヨナラヒットでチームを救いました。

達川さんは、「工藤はインコースにくることを読んでバットを短く持っとった。アウトコースに投げとけば、引っかけるか空振りをとれたのに……」と後悔しましたが、後の祭りでした。

このサヨナラヒットでシリーズの流れがかわり、西武は4勝3敗1分けで日本一の座に就きました。

5年越しの“恋人”

広島はこの5年後の91年にも日本シリーズで西武と戦い、この時も3勝4敗で西武の軍門に下っています。工藤さんは86年がMVP、91年が優秀選手ですから、達川さんが「工藤ひとりにやられた」というのもわからないではありません。

勝ちはしたものの、2度の日本シリーズを通じて工藤さんの脳裡には、厳しい内角攻めもいとわない達川さんの強気なリードが好印象として刻み込まれたようです。

実は工藤さん、今から5年前に横浜DeNAから監督就任の打診を受けました。引き受ける条件のひとつとして、達川さんの入閣をあげたのですが、「人事はフロントが行う」ことを理由に、拒絶されています。これも要請を断った理由のひとつと言われています。

その意味で工藤さんにとって達川さんは5年越しの“恋人”にあたるわけです。「工藤さんに忠誠を尽くす」と達川さんが明言した背景には、相思相愛の“恋愛感情”もあるようです。